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知命立命 心地よい風景

This is Kiyonori Shutou's weblog

【平家物語】 巻第二 七(二三)烽火

もっともこれは法皇の御道理ですから、叶わぬまでも、院の御所は私が警護します
理由は、私が五位に叙せられてから今の内大臣兼左近衛大将になるまで、法皇の御恩に他なりません
その恩を重さに譬えれば、千粒万粒の玉より重く、その恩の深さを色に譬えれば、幾度も染めた紅より濃いでしょう
ゆえに院の御所に参りこもるつもりです
そうなれば、私の身に代わり命に代わろうと約束した侍たちが数名おります
その者たちを皆連れて、院の御所・法住寺殿を警護すれば、予想外の事態が起こるでしょう
悲しいことながら、法皇に忠義を尽くそうとすれば、須弥山の頂上よりも高い父の恩をたちまち忘れることになります
痛ましいことながら、親不孝の罪を逃れようとすれば、法皇に対して不忠の逆臣となってしまいます

抜き差しならなくなりました
どうしてよいのかわかりません
悩んだ末のお願いです、どうかこの重盛の首を刎ねてください
そうすれば、院に向かう父上のお供もできません
院の警護もできなくなります

漢の蕭何は他の者たち以上に大きな功績を立てたことで太政大臣となり、剣を帯び、沓を履いたままの昇殿を許されましたが、帝・高祖の御心に背くことがあって、高祖は厳しく戒め、重罪に処せられたのです
こうした先例を思うに、富貴といい、栄華といい、帝の御恩といい、重要な職といい、すべてを極められては、御運が尽きることもないとは言えますまい
富貴の家には俸禄や官位が重なり集まる
しかし二度実を生らす木の根は必ず傷む
と書にあります
心細く思います
いつまで生き長らえて乱れた世を見ることになるのでしょうか
ただ末の世に生を受けて、このようなつらい目に遭うのは、私の前世の行いが悪かったからでしょう
今すぐにでも侍一人に仰せつけられ、御庭の内に引き出されて、私が首を刎ねられるのはたやすいことです
おのおの方、お聞きください
と、直衣の袖を顔に押し当て、さめざめと説得されると、座にいた多くの平家一門の人々も皆袖を濡らされた

清盛入道の信頼しきっていた重盛殿はこのように述べられた
実に頼りなげに
いやいや、そこまでは思いも寄らなかった
悪党どもの申すことに法皇が加担され、間違いなどが起こるのではないかと心配していただけだ
と言われると、重盛殿は
たとえどんな間違いが起ころうと、そのときには法皇をどうにかなさるおつもりなのですか
と言うと、さっと立って中門に出て、侍たちに向かい
おまえたち、今の話よく聞いたな
今朝からここにいて、このようなことを申し上げて静めようと思ったが、ひどく騒いでいるようだったので、ひとまず帰宅したのだ
院の御所へお供するというのなら、この重盛の首の刎ねられるのを見届けてからにしろ
では帰るぞ、参れ
と小松殿へと帰られた

その後重盛殿は、主馬判官・平盛国を呼び
天下の一大事を聞き出した
我こそはと思う者は、すぐ武装して参上せよ
と触れて回れ
と命じられると、駆け回って伝えた

めったなことでは騒がない方がこのようなお触れを出すからには、何かよほどの理由があるに違いない
と、皆武装して我も我もと馳せ参じた
淀、羽束瀬、宇治、岡の屋、日野、勧修寺、醍醐、小栗栖、梅津、桂、大原、志津原、芹生の里に満ちていた兵の中には、鎧を着てまだ兜を被らない者や、矢を背負ってまだ弓を持たない者などもいた
鐙に片足を掛ける間もなく大慌てで駆けつける
重盛殿のところでなにかあったと聞き、西八条にいた数千騎の兵たちは、清盛入道になんの申し入れもせずに、騒ぎ連れ立って皆重盛殿の屋敷に駆けつけた
少しでも弓矢に覚えのある者は誰も残らなかった

清盛入道たいへん驚き、ただ一人控えていた筑後守・平貞能を呼んで
重盛はどういうつもりで召集をかけたのか
今朝ここで言っていたように、わしのところへ討手を差し向けようとでもしているのか
と言われたので、貞能は涙をほろほろ流して
人によりけりです
殿がなさるはずがございません
今朝ここで話されたことも、今頃みな後悔されているでしょう
と言うと、清盛入道は、重盛殿と仲違いしてはまずいと思われたか、法皇をお迎えしようとする気持ちも薄れ、急いで腹巻を脱ぎ置き、素絹の法衣に袈裟をかけて、心にもない念仏を唱えられた

その後、重盛殿の屋敷・小松殿では、平盛国が命じられて、到着する者たちをまとめていた
駆けつけた兵の数は一万余騎と記す
重盛殿は到着名簿を点検されると、中門に出て侍たちに向かい
日頃の約束を破らず、皆が駆けつけてくれたことは、実に感心だ
異国にこんな話がある
周の幽王には褒姒という最愛の后がおられた
絶世の美女だった
しかし、この后は一向に微笑みも笑いもなさらかったので、幽王はご不満だった
異国の習慣に、天下兵革の際、所々に火の手を挙げ、大鼓を打ち鳴らして兵を集める方法があった
それを烽火と言う
あるとき、天下に兵乱が起きて烽火を挙げると、后はこれをご覧になって
ああすごい、あんなにあちこちに火が
と、そのとき初めてお笑いになった
ひとたび微笑めば百のなまめきを醸したという
幽王はそれが嬉しくて、たいした理由もなく普段も烽火を挙げられるようになった
諸候が来ても敵がいるわけではない
敵がいないのですぐに帰った
こんなことがたびたびあったので、その後は来なくなった
そんなあるとき、都は攻められて、幽王はついに滅んでしまった
恐ろしいことに、その后は野干という妖獣となって、どこかへ走り去っていったという
これから後にこれと同様のことが起きても、召集をかけたときには、皆今日のように参れ
この重盛が妙な話を聞き出したので集まってもらったのだ
だが、確かめてみたら誤報とわかった
それゆえ、急いで帰れ
と侍たちを皆帰らせた

本当は、何も聞き出されたわけではなかったが、今朝、父・清盛入道を諫められたなりゆきで、親子で戦うつもりでなくとも、自分にどれだけ味方がつくかを知り、同時に清盛入道の法皇へ謀反心も和らげようとする計略であったという
君主が君主にふさわしくなくても、臣下は臣下として仕えねならない
父が父にふさわしくなくても、子は子としてふるまわねばならない
君主のためには忠義を尽くし、父のためには孝行をせよ
孔子が言われたとおりである

後白河法皇もこのことを耳にされ
今に始まったことではないが、重盛の心は恥ずかしくなるほど殊勝だ
怨を恩で返しおった
と仰せになった

前世の行いがよかったから、大臣・大将の地位に就かれたのだろう
容貌風采も人に優れ、才智才覚さえ世に傑出しているとは
と当時の人々は感心し合った

国に諫める臣下がいればその国は必ず安泰で、家に諫める子があれば家は必ずきちんとしている
という
上古にも末世にも稀な大臣である

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