21世紀の資本:r > g に立ち向かう。平等をどう実現する?
先日、”知性や教養の下地となる膨大な情報の詰め込みを行うために、普段は読まない分厚い書物、これまで一度も触れた事がない書籍を手に取ってみましょう”※)というお話しに触れましたが、最近発売された700ページ近くの分厚い経済書で試してみましょう、という実践のお勧めです。
※)本件については、教養と昭和と文学全集と。 を参照ください。
その経済書とは、『21世紀の資本』。フランスの経済学者トマ・ピケティの著書で、昨年(2013年)にフランス語で公刊された後、今年は32カ国で翻訳され部数累計100万部を超える異例の書籍です。
こんな分厚い、しかも分野としても親しみの薄い経済書がベストセラーになっている理由は明確で、
・膨大なデータを定量的に分析し、
・それをわかりやすい形で書籍の中に盛り込んだ上で、
・誰もがそのデータを引用できるように、自身のHP※)でデータベースを公開し、
・しかも公開したデータに対しての補完説明や統計データの更新結果を頻繁に公開している
ことにあるのです。
※)参考サイト
論旨は非常に明確です。
「資本収益率:rが経済成長率:gを上回るとき、資本主義は自動的にしてかつ恣意的に持続不可能な格差を生み出す」
労働から得る収入は、どのように能力があろうが努力をしようが、資本から得る収益に勝ることはありえない、ということを各種データに基づいて証明しています。
しかも、この傾向は、r(資本収益率) > g(経済成長率)の式から、経済成長率が低くなればなる程格差が広がっていきます。
格差は長期的にはどのように変化してきたのか?
資本の蓄積と分配は何によって決定づけられているのか?
所得格差と経済成長は今後どうなるのか?
18世紀にまでさかのぼる詳細なデータと、明晰な理論によって、これらの重要問題を解き明かしているのです。
日本でも格差の問題が年々大きくなってきていますが、この対策として大事な点は、
・富が公平に分配されないことによって、社会や経済が不安定となる
・しかもそれは、低成長国においてこそ著しい。
・そのため、この格差を是正するために富裕税を、しかも世界的に導入することを提案
・しかも、格差対策だけに集中するのではなく、経済成長と両立させて実施すべき
としているところにあるのです。
こうした論旨に対して、各国の有識者から高い評価も受けています。
「本年で、いや、この10年で、最も重要な経済学書になると言っても過言ではない」ポール・クルーグマン(プリンストン大学教授)
「地球規模の経済的、社会的変化を扱った画期的著作だ」エマニュエル・トッド(フランス国立人口統計学研究所)
「かれの解決策に賛成するにせよ、しないにせよ、資本主義を資本主義から救おうとする人たちにとって正真正銘の課題だ」ダニ・ロドリック(プリンストン高等研究所教授)
「この事実の確立は、政治的議論を変化させる、ノーベル賞級の貢献だ」ローレンス・サマーズ(ハーヴァード大学教授)
「かれの研究が、スマートな人たちを富と所得格差の研究に惹きつけることを望む」ビル・ゲイツ
「情報の豊かさがすばらしい」ロバート・シラー(イェール大学教授)
分厚い本ですので、最初から一枚一枚めくっていっては、途中で読破挫折しかねません。
・本記事などの抄訳内容やピケティのHPなどから、ネット上での論旨や骨子を読み取っておき、
・本文は、まず目次に一通り目を通した上で
・自分が興味を持てる章や節から少しずつピックアップして読む
という、自由な感性での読破取り組みをお勧めします。
知性と教養修養のためにも、あえてこうした分厚い書籍を手にとってみてはいかがでしょうか。
参考までに、簡単に『21世紀の資本』の内容をまとめておきます。
【概論】
・本書は4部構成からなる
第1部 所得と資本
第2部 資本/所得比率の動学
第3部 格差の構造
第4部 21世紀の資本規制
・世襲(または財産ベース)の社会への回帰
これが旧世界 (ヨーロッパ、日本) で見られる。
富/所得比率は、低成長国ではきわめて高い水準に復帰しつつある。
低成長社会では、過去に蓄積された富は当然ながらとても重要になる。長期的には、これは全世界に影響する。
・富の集中の未来
r-gが高ければ (r = 税引き後の収益率、g = 経済成長率) 富の格差は19世紀少数独占時代の水準を超えかねない。
逆に、適切な制度があれば富は民主化できる。
・アメリカの格差
新世界は、富の格差より、極端な労働所得格差に基づく新しい格差モデルを生み出しつつある。
これは能力主義的なものではなく、だろうか、それとも考え得る最悪のものになりそうか?
【財産ベース社会への回帰】
・富 (財産、資産) = 資本 K = 人が所有して市場で売れるものすべて (負債は差し引く) (奴隷社会以外では人的 K は除外)
•教科書では、富-所得比率と資本-産出比率は一定ということになっている。でもの通称「カルドアの事実」は、実は歴史的証拠による裏付けがほとんどない。
•実は、ヨーロッパと日本では過去数十年に、 β=K/Y が大きく回復している:
1950-60年代:β=200-300% → 2000-2010年代:β=500-600%
(つまり平均財産 K は、1950-60年代には平均所得Yの2-3年分だったのが、2000-2010年代だと5-6年分)
(β≈600%だと、1人当たりY≈30 000€ なら1人当たり K≈180 000€)
(現在 K ≈ 半分が不動産、半分が金融資産)
•世界は18-19世紀の財産ベース社会に見られた β=600-700% に戻りつつあるのか? それをさらに超えるのか?
•これを理解する最も単純な方法は次の通り:
長期的には β=s/g ただし s = (減価償却を引いた) 貯蓄率であり、 g = 経済成長率(人口成長率 + 生産性成長)
s=10%, g=3% なら β≈300%; でも s=10%, g=1,5%なら β≈600%
•つまり低成長社会だと、過去に蓄積された富の総ストックが自然にとても重要となる
→ 資本の役割復帰は、低成長の時代が復帰してきたから(特に、成長のうち人口増加率は↓0)
→ 長期的には、これは全世界にとって重要となる
・β=s/g = 純粋なストックとフローの会計定義式なので、貯蓄の動機がどんなものだろうと成り立つ
・資本所得比率 β が挙がると、国民所得に占める資本のシェア (資本分配率) α も上がるか?
•資本ストックが所得の β=6 年分で、平均資本収益率が r=5% なら、資本所得(賃料地代、配当、利息、利潤等々) が国民所得に占めるシェアは α = r x β = 30%
•細かく言うと、 β 上昇が資本シェア(資本分配率) α = r β につながるかどうかは、資本Kと労働Lが、生産関数 Y=F(K,L) でどのくらいの代替弾性率を持つかで決まる
•直感的には: σ は労働者がどこまで機械化できるかを示す(例:Amazonのドローン無人ヘリコプター配送など)
•標準的な想定: Cobb-Douglas 生産関数 (σ=1) = ストック β↑で、収益率 r↓ はまったく同じ割合で起こり、 α = r x β は魔法のように一定 = 資本と労働の取り分が技術だけで完全に決まる安定世界
•でもσ>1 なら、資本収益率 r↓ は資本 β↑ほどではなく、積の α = r x β は上がる↑
•これがまさに1970年代-80年代以来起きている: 比率 β と資本のシェア(資本分配率)は両方とも上がっている。
・β が激増すれば、標準コブダグラスモデルよりちょっと代替率の高い(たとえば σ=1ではなく1.5) 生産関数 F(K,L) ではα が大きく増える
•歴史的に見て、 σ↑は当然予想されるかも。資本の用途はますます多様化; 極端な例: 純粋ロボット経済 (σ=無限大)
•そこまでいかなくても: 資本の用途は多様 (機械が窓口係やレジ係を置きかえ、アマゾンの配送員をドローンが置きかえ等)。 だから資本シェア αはどんどん上がる。これを自然に矯正するメカニズムはない
•β と α の上昇はいいことかも (人間は食うために働かなくてもよくなり、文化、教育、健康に時間を費やせる)。ただしそれには次の質問に答えられねばならない:そのロボットはだれが所有しているの?
【富の集中の未来】
•全ヨーロッパ諸国 (イギリス、フランス、スウェーデンで)、第一次大戦まで富の集中度はきわめて高かった:
–総財産の約 90% がトップ 10% の資産家のもの
–総財産の約 60% がトップ 1% の資産家のもの
= 古典的な世襲 (財産ベース) 社会: 少数がその財産の収益で暮らし、他の人々は働く (オースティン、バルザック)
•今日の富の集中もかなりのものだが、当時ほどではない:
•総財産の約 60-70% がトップ 10%資産家の所有; 20-30% がトップ 1%
–底辺 50% は相変わらずほとんど何も所有しない (<5%)
–でも中流 40% が現在は総財産の 20-30% を所有
•なぜこれが起きたのか、今後も続くのか? 世襲中流階級は拡大? 縮小?
・主な結果: 両世界大戦のショック以前は、富の集中はまったく減らなかった。集中低下は単に戦争ショックのせいなのか?
Q:ショック以外に財産集中の長期水準を決めるものは?
A:動的乗数的な富の蓄積モデルで、ランダムな個別ショック(嗜好、人口、収益、賃金……)を持つものならすべて、富の集中の安定状態水準は、 r - g の増加関数になる(r = 税引き後収益率、 g = 成長率)
•成長率が低下し、資本誘致の税引き下げ競争が起こると r - g が 21cには 19c 水準にまで戻る可能性は十分ある
•将来の r 水準は技術にもよる (σ>1?)
•無理のない想定の下で、富の集中が19世紀の記録を上回る可能性もある
【アメリカでの格差】
•アメリカでの格差 = ヨーロッパとはちがう構造。ある意味ではもっと平等主義、ある面ではもっと不平等
•19世紀の新世界: 機会の国 (過去の蓄積資本はヨーロッパに比べてはるかに無意味; 永続的な人口増で、相続財産の水準は低下し、富の集中も下がった) … そしてまた、奴隷制の国
•米国北部は多くの点で旧ヨーロッパよりずっと平等主義だが、米国南部はヨーロッパより不平等
•今日でも、米国と格差の関係は相変わらず曖昧:ある意味では能力主義が強く、ある意味では暴力性が強い (監獄)
•米国の所得分布は、20世紀の後期になるとヨーロッパより不平等になり、現在では第一次大戦前のヨーロッパ並の不平等
•でも格差の構造はちがう。2013年米国は、富の格差は1913年ヨーロッパより小さいが、労働所得の格差は大きい
・米国の労働所得格差の高さは、教育投資の格差が高いせいかも; でもトップ重役報酬の激増の反映でもある。これは教育や生産性に基づく議論だけでは説明不可能
・米国では、このほうが能力主義的だとされる: トップの労働所得上昇は、相続財産なしでも金持ちになれる
•Pb = これは所得トップでも相続トップでもない人には最悪の世界かも。貧乏で、しかもクズ扱いで無価値扱い (アンシャンレジームは、少なくともだれも公平だとは言わなかった)
•トップ重役報酬の上昇が能力や生産性と関係あるとは考えにくい: 最高税率の激減とCEO 交渉力増大のほうが納得できる説明、また格差をめぐるアメリカの社会規範は混沌
•所得と富の格差をめぐり歴史は、常に政治的で、混沌とし、予測不能。国民アイデンティティもからみ、激変する。将来いつ逆転が起こるかはだれにもわからない
•マルクス: g=0なら β↑∞, r→0 : 革命や戦争
•g>0 なら、最低でも定常状態の β=s/g がある
•でも g>0 で小さければ、この定常状態もかなり陰鬱: 資本所得比率 β と資本シェアαがかなり大きく、高いr-gで富の集中も極端になるかも
•これは市場の不完全性とは無関係。資本市場が完全になれば、r-gはそれだけ高くなる
•理想的な解決策: 世界的な累進財産課税、銀行情報の自動的な交換に基づくもの
•他の解決策は、専制主義的な政治&資本統制が必要 (中国、ロシア..), あるいは永続的な人口増 (米国), またはインフレ、またはそのミックス
【対策案】
・不均衡を和らげるには、最高税率年2%の累進的な財産税を導入し、最高80%の累進所得税と組み合わせればよい
・その際、富裕層が資産をタックス・ヘイヴンのような場所に移動することを防ぐため、この税に関しての国際的な協定を結ぶ必要がある
・しかし、このようなグローバルな課税は、夢想的なアイディアであり、実現は難しい