知命立命 心地よい風景

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【平家物語】 巻第二 五(二一)少将乞請

丹波少将成経殿はその夜、院の御所・法住寺殿で宿直をして、まだ御所を退出されずにいたが、成親卿の侍たちが慌てて院の御所に駆けつけ、成経殿を呼び出してこのことを伝えると、成経殿は
こんな大事なことを、どうして宰相殿のところから知らせてこないのだろう
と言い終わらぬ間に
宰相殿からです
と使者が来た
この宰相というのは清盛入道の弟君・平教盛で、屋敷は六波羅の大門の内にあったので
門脇の宰相
と言った
成経殿には舅に当たる
何事かわかりませんが、今朝、清盛入道殿より、必ずお連れするようにとのお達しがありました
と使者が伝えると、事態を察した成経殿が、法皇側近の女房たちを呼び出し
昨夜、なにやら世間が騒がしいので、また延暦寺の大衆が下りてくるのかと他人事のように思っていたら、なんと私の身に関わることでした
昨夜、父は斬られるはずだったそうですから、私も同罪でしょう
もう一度御前に参り、法皇にお目にかかりたいのですが、このような身になってしまったので、気が引けるのです
と言われたので、女房たちは御前に参り、そのことを奏聞したところ、法皇はやはり今朝の清盛入道からの使者に何か感づいておられたようで
とにかくここへ
との御意があったので、成経殿は御前へ参上した

法皇は涙を流され、何も仰せにならず、成経殿も涙にむせんで何も奏聞できなかった
少しして、成経殿が御前を退出されると、法皇は後姿を遠くなるまで見送られ
末の世とは心憂いものだ
これが最後、二度と会うことはないかもしれん
と、涙をお止めになれなかった
成経殿が御前を退出されると、院中の人々から局の女房たちに至るまで、名残を惜しみ、袂にすがり、涙を流し袖を濡らさない者はいなかった
舅の教盛殿のもとへ行かれると、北の方は近々お産間近でいらしたが、今朝からこの苦悩が加わって、もう死にそうな気分になられていた

成経殿は御所を出られるときから止め処なく涙がこぼれていたが、今、北の方を見られ、うろたえておられるようであった
成経殿の乳母に六条という女房がいた
お乳のために初めておそばに参り、殿を血の中より抱き上げ、お育てしてより、月日が経ても我が身の老いるのを嘆かず、ひたすら殿の成長を喜び、つい昨日のことのように思いながら今年ではや二十一年、ずっとおそばを離れずにまいりました
院の御所へ行かれ、遅く戻られたことを心配しておりましたが、今度はどんな目に遭われるのでしょうか
と泣く
そんなに嘆くな
教盛殿がおいでだから、さすがに命だけは請い受けてくださるだろう
とあれこれ慰められたが、六条は人目も気にせず泣き悶えた

その間も、清盛入道からしきりに使者が来るので、教盛殿は
行ってみないことには始まらない
と出発されると、成経殿も教盛殿の車の後ろに乗って出られた
保元・平治の乱以来、平家の人々は喜楽と繁栄ばかりで憂えや嘆きはなかったが、この教盛殿だけは、つまらぬ聟のために、こんな悩みをしなければならなかった
西八条近くなって、まず取り次ぎを申し込まれると
少将を門の内へ入れてはならない
と言われるので、その近くの侍の家に下ろし、教盛殿だけが門の内に入られた
いつの間にか武士たちが成経殿を取り囲んで厳しく警護している
あれほど必死に頼りにされていた教盛殿から引き離されてしまった
成経殿の心中は心細かったに違いない

教盛殿は中門に控えておられたが、清盛入道は会おうともなさらない
少しして、教盛殿が源大夫判官季貞を使者として
私がつまらぬ者と親しくなってかえすがえすも残念ですが、いまさら仕方がありません
連れ添わせております成経の妻は、この頃悩みが増えたのですが、今朝から夫が捕らえられたことでさらに嘆きが増し、今にも死にそうなのです
私がこうしておりますからには、間違いなど決して起こさせはしません
どうか、成経をしばらくこの私にお預けください
と言われると、季貞は参上してこの由を伝えた
すると、清盛入道は
ああ、やっぱり教盛はわかっていない
とすぐには返事もされなかった

少しして、清盛入道は
新大納言成親卿は、この平家一門を滅ぼして天下を混乱させようと企んでいる
この少将成経というのは、その成親卿の長男だ
疎遠だろうと親しかろうと、到底許すわけにはいかん
万が一、謀反が成功したら、そなたも無事では済まんのだぞ
と言ってこい
と言われた

季貞は戻って教盛殿にこの由を伝えた
教盛殿は実に不本意げな様子で、重ねて
保元・平治の乱以来、たびたびの合戦にも兄上のお命に代わろうと努めて参りました
この先も嵐が迫れば防ぐつもりです
年をとってはおりましても、若い子供がたくさんおりますので、守備の務まらないはずがありません
にもかかわらず、私がしばしの間成経を預ることすらお許しくださらいないのは、私を不忠の心ある者とお思いなのでしょう
それほど心許なく思われているのでは、俗世にいてもなんの甲斐もありませんから、暇をいただいて出家・入道し、高野山粉河寺にこもり、一心に後世の往生のために修行します
現世の暮らしのつまらぬこと
俗世間に生きるからこそ望みがあり、望みが叶わないからこそ恨みが生じる
現世を避け、真の仏道に入るのが一番だ
と言われた

季貞は再び清盛入道のもとへ行き
教盛殿は既に覚悟を決めておられます
なんとか善処をお願いいたします
と言うと、清盛入道は
出家・入道まで考えているとは、それはよくない
そういうことなら、成経をしばらく教盛に預ける
と伝えよ
と言われた

季貞は再び戻って、教盛殿にこの由を伝えた
教盛殿は
まったく、子供など持つものではないな
我が子の縁に縛られなければ、こんなに気を揉まずに済むものを
と呟いて出て行かれた

成経殿が待ち受け
どうなりましたか
と言われると
入道はあまりに怒って、私とはついに対面もされなかった
絶対に許さないとしきりに言われたが、出家・入道するとまで言ったのが効いたのか
ならばそなたをしばらく私に預けると言ってくださったが、それがずっと保証されたとは思えない
と言われると、成経殿曰く
では、私の命はご恩によってしばし命が延びたのですね
ところで、父・成親のことは何かお聞きになりましたか
教盛殿が
いやもうそなたのことを申し上げるのでやっとだったのだ
そこまでは気が回らなかった
と言われると、成経殿は涙をほろほろ流して
私が命を惜しむのは、もう一度父に会いたいと思うからなのです
夕方父が斬られるようなことになったら、私は生きる甲斐もないので、同じ場所で処刑してくださるようにお伝え願えませんか
と言われると、教盛殿は実に心苦しげに、重ねて
そなたのことをなんとか嘆願したのだ
成親卿のことまで気が回らなかったが、今朝、重盛殿があれこれ説得されていたので、しばらくはなんとかなりそうだとは聞いている
と言われると、成経殿は聞き終わらないうちに手を合わせて喜ばれた
子でなかったら、誰が我が身を差し置いてこれほどまでに喜ぶだろうか
真の契りというのは親子の間にこそあるものだ
人はやはり子を持つべなのかな
とすぐに思い直されたのだった

そして、今朝出かけたときのようにして二人車で戻られると、屋敷では女房や侍たちが集まり、死人が生き返ったような心地で嬉し泣きされた

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