知命立命 心地よい風景

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【平家物語】 巻第二 四(二〇)小教訓

新大納言・藤原成親卿は清盛入道の屋敷の一室に押しこめられ、汗だくになりながら
ああ、これは日頃の計画が洩れているのに違いない
誰が洩らしたんだろう
きっと北面武士の誰かだな
などあれこれ想像しているところに、背後から高らかな足音が聞こえてきたので
ついに自分を殺そうと武士どもがやって来た
と思われたが、そうではなく、板敷を高らかに踏み鳴らす清盛入道の足音で、成親卿のおられる後ろの障子をさっと開けられた
短い素絹の法衣と、足をくるむように穿いた白い大口の袴に、ゆったりと聖柄の刀を差して、成親卿をしばし睨みつけ
貴殿は平治の乱の折、既に処刑されているはずのところを、重盛が必死に助命を嘆願し、今そうして首がつながっていることをどうお考えか
恩を知るのを人と言うぞ
恩を知らぬのを畜生と言うのだ
なのに、なんの恨みがあって、我が一門を滅ぼすおつもりなのか
だが当家の運命はまだ尽きないから、こうしてお迎えしているのだ
日頃の計略についてじかに伺おうではないか
と言われると、成親卿は
きっと誰かが私を陥れるための告げ口です
よくよくお調べください
と言われた

すると清盛入道はたいへん怒り
誰かいるか、誰かいるか
と呼ばれると、平貞能がさっと現れた
西光めの自白状を持ってこい
と命じられると、持ってきた
清盛入道はこれを取って繰り返し何度も読み聞かせ
憎い奴め、これ以上何を弁解するつもりだ
と、成親卿の顔に投げつけ、障子をばしっと閉めて出て行かれたが、まだ腹に据えかねて
経遠、兼康
と呼ばれた

難波次郎、瀬尾太郎がやって来た
あの男を取っ捕まえて庭へ引きずり出せ
と命じられたが、二人はどうしてよいかわからない
重盛殿のご意向はいかがですか
と答えると、清盛入道が
ああそうか、そちらは重盛の命令には従って、このわしの言うことは軽んじるということだな
なら仕方がない
と言われたので、これはまずいと思ったか、立ち上がり、成親卿の左右の手を取って庭へ引きずり落とした
すると清盛入道は気分よさげに
痛めつけて泣かせてやれ
と言われた

二人は成親卿の両耳に口を当て
なんでもかまいません、お声を張り上げてください
とささやいてねじ伏せると、二声三声わめいた
まるで、閻魔庁の獄卒が、冥界で娑婆の罪人を業の秤にかけたり、浄玻璃の鏡に向かわせて罪の重さを測りつつ責め苛むのもこれほどではないように見えた
蕭何と樊噲は囚われ、韓信と彭越は肉を塩漬けにされた
晁錯は殺され、周勃と竇嬰は罰せられた
蕭何、樊噲、韓信、彭越らは皆漢の高祖の忠臣であったが、つまらぬ者の告げ口によって不慮の災いや失敗の恥辱を受けたという故事も、こういうことだったのだろうか
成親卿は、自分がこんな目に遭っているので、子息・丹波少将成経をはじめ幼い子供たちがどんな目に遭わされるのかと思うと、気がかりでたまらない
ひどく暑い六月なのに、装束すら緩めることができず、耐え難く暑いので、胸を締めつけられる心地がして、汗も涙も競うように流れ落ちた
いくらなんでも重盛殿はお見捨てにはならないだろう
とは思われたが、誰に伝えてもらえばよいのかわからない

重盛殿は、普段は良きにつけ悪しきにつけ騒がれるような人ではないので、ずいぶん日が経ってから、嫡子・権亮少将維盛を車の後ろに乗せ、衛府の役人四・五人、随身二・三人を連れ、軍兵たちは一人も連れず、落ち着き払っておられるのを見て、清盛入道をはじめ平家一門の人々は皆意外に思われた
重盛殿が中門の出入口で車から下りられたところに貞能がさっと来て
なぜこれほどの大事なときに軍兵を一人お連れにならないのですか
と言うと
大事とは天下のことを言うのだ、こんな私事を大事と言う者があるか
と言われると、武装した兵たちは皆落ち着かない様子であった
その後重盛殿は
成親卿をどこに閉じ込めたんだろう
と、あちらこちらの障子を開けて捜されると、ある障子の上に木材を十文字に張りつけた箇所があった
ここかな
と開けられると、大納言がいらした

涙にむせびうつ伏して、目もお上げにならない
どうなさいました
と声をかけられると、そのときの重盛殿を見られた嬉しそうな表情と言ったら、地獄で罪人どもが地蔵菩薩を見たらこんなふうだろうかと思われるほどに哀愁を帯びていた
いったいどういうことなのでしょう、今朝からこのような目に遭っています
おいでくださったので、どうか助けてくださるよう深くお願いします
平治の乱のときも、本来なら処刑されるべきところ、御恩を受けて首をつないでいただき、今、正二位の大納言に昇進して、四十歳を過ぎました
御恩は永遠に報い尽くすことはできません
今度もまた、値打ちの少ない命ですが、どうかお助けください
もし生き長らえることができましたら、身を退いて出家・入道し、どこかの山里でにこもって、後世の往生のために勤行をいたします
と言われた

重盛殿は
本当にそう思っておられるのでしょう
しかしいくらなんでも、お命まで失われることはありますまい
そうなったときは、ここに私がおりますから、お命をお代わりしましょう
どうかご安心ください
そう言うと、父・清盛入道の御前で
成親卿の命を奪うことについては、よくよくお考えください
先祖の修理大夫・藤原顕季が白河上皇に召し使われて以来、あの家系には前例のない正二位大納言に昇進し、後白河法皇もお気に召しておられますから、すぐ首を刎ねられるのはいただけません
都を追放するだけで十分でありましょう

菅原道真公は、左大臣藤原時平の讒奏によって汚名を着せられたまま西海へ流され、西宮大臣・源高明多田満仲の告げ口によって恨み抱いて山陽道を下っていきました
二人とも無実なのに流罪となったのです
これらはみな醍醐天皇冷泉天皇の御過ちと伝えられています
昔でさえこのとおりです
ましてや今は末世です
既に成親卿を召し捕られているのですから、急いで処刑せずとも心配はありますまい
刑の疑わしきは軽くせよ
功の疑わしきは重くせよ
と書にもあるではありませんか

いまさら言うのもなんですが、私はあの成親卿の妹と連れ添っているのです
我が子・維盛もまた彼の娘聟です
そのように親しいからそんなことを申すだろうと思われるかもしれません
そうではありません
ただ帝のため、国のため、平家一門のためを思って申し上げているのです

先年、亡き少納言・藤原信西入道が権力を握っていたとき、我が国においては、嵯峨天皇の時代に右兵衛督・藤原仲成が処刑されてから保元までの天皇二十五代の間、一度も行われることのなかった死罪を執行したり、宇治の悪左府藤原頼長の死骸を掘り起して実検されたりしたことなどは、あまりにひどい政務であったと思っております
昔の人も
死刑を執行すれば国中に謀反の輩が絶えない
と伝えています
その言葉どおり、保元の乱から三年後、再び平治の乱が起こり、埋もれていた信西入道の骸を掘り起こし、首を刎ねて大路を引き回されました
保元の乱で行ったことが、ほどなく我が身に降りかかってきたと思うと、恐ろしいことです
成親卿はたいした朝敵でもありません
とにかくお慎みください
これほどの栄華を極め、思い残されることもないと思いますが、子々孫々までも繁栄するよう願ってください
父祖の善行・悪行の因果は必ず子孫に及ぶといいます
代々善を行ってきた家系には慶福があり、代々悪を行ってきた家系には報いの災禍が積もると聞きます
どう考えても今夜首を刎ねられることは、良いこととは思われません
と言われると、清盛入道は、もっともだと思ったか、死罪は思い留まられた

その後、重盛殿が中門に出て、侍たちに
命令だからと、成親卿を処刑してはならぬ
父が腹立ち紛れにせっかちなことをしたら、必ずや後悔する
おまえたちも過ちを犯して罰せられてから、私を恨むなよ
と言われると、兵たちは皆舌を震わせて恐れおののいた

それにしても、今朝経遠と兼康が成親卿に非情な仕打ちをしたことはまったくけしからん
この重盛の耳に入るだろうに、どうしてそれを考え恐れなかったのか
田舎侍はこれだから困る
と言われると、経遠も兼康も恐れ入ってしまった
重盛殿はこう言われてから、小松殿へと戻られた

さて、成親卿の侍たちは急いで中御門烏丸の屋敷へ戻ってこのことをしかじかと話すと、北の方をはじめ女房たちは声々に泣き叫んだ
成経殿をはじめお子様たちも皆捕らえられると聞いております
急いでどこかにお隠れください
と言うと
もはやこうなっては、安穏に暮らしてどうなるというのでしょう
成親卿同様、ただ一夜の露と消えてしまいたいと思うばかりです
それにしても、今朝の別れが今生の別れになってしまうなんて
と衣を被って臥せられた

やがて武士たちの近づく音が聞こえてくると、また恥を晒し、情けない目に遭うのもつらいからと、十歳になる女子と八歳の男子を同じ車に乗せ、どこ行く宛もなく、車を出させた
しかしそうしてばかりもいられないので、大宮大路を北に向かい、北山の辺・雲林院へいらした
その周辺の僧坊に二人を降ろすと、送りの者たちは我が身を守るため、皆暇をもらって帰っていった
今はあどけない二人の子供だけがとり残され、話しかける人もいなくなった

北の方の心中は察するほどに哀れであった
暮れゆく影を見るにつけても、成親卿のはかない命も今夜限りかと思うと、我が身も消えてなくなりそうになった
屋敷には女房や侍も多かったが、物をかたづけることもなく、門を閉じることもなかった
馬たちは厩に揃っていたが、草を与える者は一人もいなかった
いつもなら、夜が明ければ馬車は門に立ち並び、賓客は部屋に列なって遊び戯れ、舞い踊り、豪奢に暮らし、近隣の人々は大きな声でものも言わず、昨日まで恐れていたのに、夜の間にすっかり変わってしまった様子は、盛者必衰の道理を目の当たりにしているようであった
楽しみ尽きて、悲しみ来たる
と書かれた大江朝綱公の筆の跡が今こそ思い知られた

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