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【源氏物語】 (玖拾捌) 常夏 第二章 近江君の物語 娘の処遇に苦慮する内大臣の物語

紫式部の著した『源氏物語』は、100万文字・22万文節・54帖(400字詰め原稿用紙で約2400枚)から成り、70年余りの時間の中でおよそ500名近くの人物の出来事が描かれた長編で、800首弱の和歌を含む平安時代中期に成立した典型的な長編王朝物語です。
物語としての虚構の秀逸、心理描写の巧みさ、筋立ての巧緻、あるいはその文章の美と美意識の鋭さなどから、しばしば「古典の中の古典」と称賛され、日本文学史上最高の傑作とされています。
物語は、母系制が色濃い平安朝中期(概ね10世紀頃)を舞台に、天皇親王として出生し、才能・容姿ともにめぐまれながら臣籍降下して源氏姓となった光源氏の栄華と苦悩の人生、およびその子孫らの人生が描かれているのです。

そんな今回は、「常夏」の物語の続きです。
【源氏物語】 (壱) 第一部 はじめ

第二章 近江君の物語 娘の処遇に苦慮する内大臣の物語
 [第一段 内大臣、近江君の処遇に苦慮]
 大臣は、この北の対の今姫君を、
 「どうしたものか。よけいなことをして迎え取って。世間の人がこのように悪口を言うからといって、送り返したりするのも、まことに軽率で、気違いじみたことのようだ。こうして置いているので、本当に大切にお世話する気があるのかと、他人が噂するのも癪だ。女御の御方などに宮仕えさせて、そうした笑い者にしてしまおう。女房たちがたいそう不細工だとけなしているらしい容貌も、そんなに言われるほどのものではない」
 などとお思いになって、女御の君に、
 「あの人を出仕させましょう。見ていられないようなことなどは、老いぼれた女房などをして、遠慮なく教えさせなさってお使いなさい。若い女房たちの噂の種になるような、笑い者にはなさらないでください。それではあまりに軽率のようだ」
 と、笑いながら申し上げなさる。
 「どうして、そんなひどいことがございましょう。中将などが、たいそうまたとなく素晴らしいと吹聴したらしい前触れに及ばないというだけございましょう。このようにお騒ぎになるので、きまり悪くお思いになるにつけ、一つには気後れしているのでございましょう」
 と、たいそうこちらが気恥ずかしくなるような面持ちで申し上げなさる。この女御のご様子は、何もかも整っていて美しいというのではなくて、たいそう上品で澄ましていらっしゃるが、やさしさがあって、美しい梅の花が咲き初めた朝のような感じがして、おっしゃりたいことも差し控えて微笑んでいらっしゃるのが、人とは違う、と拝見なさる。
 「中将が、何といっても、思慮が足りなく調査が不十分だったので」
 などと申し上げなさるが、お気の毒なお扱いであることよ。

 [第二段 内大臣、近江君を訪う]
 そのまま、この女御の御方を訪ねたついでに、ぶらぶらお歩きになって、お覗きになると、簾を高く押し出して、五節の君といって、気の利いた若い女房がいるのと、双六を打っていらっしゃる。手をしきりに揉んで、
 「小賽、小賽」
 と祈る声は、とても早口であるよ。「ああ、情ない」とお思いになって、お供の人が先払いするのをも、手で制しなさって、やはり、妻戸の細い隙間から、襖の開いているところをお覗き込みなさる。
 この従姉妹も、同じく、興奮していて、
 「お返しよ、お返しよ」
 と、筒をひねり回して、なかなか振り出さない。心中に思っていることはあるのかも知れないが、たいそう軽薄な振舞をしている。
 器量は親しみやすく、かわいらしい様子をしていて、髪は立派で、欠点はあまりなさそうだが、額がひどく狭いのと、声の上っ調子なのとで台なしになっているようである。取り立てて良いというのではないが、他人だと抗弁することもできず、鏡に映る顔が似ていらっしゃるので、まったく運命が恨めしく思われる。
 「こうしていらっしゃるのは、落ち着かず馴染めないのではありませんか。大変に忙しいばかりで、お訪ねできませんが」
 とおっしゃると、例によって、とても早口で、
「こうして伺候しておりますのは、何の心配がございましょうか。長年、どんなお方かとお会いしたいとお思い申し上げておりましたお顔を、常に拝見できないのだけが、よい手を打たぬ時のようなじれったい気が致します」
 とお申し上げになさる。
 「なるほど、身近に使う人もあまりいないので、側に置いていつも拝見していようと、以前は思っていましたが、そうもできかねることでした。普通の宮仕人であれば、どうあろうとも、自然と立ち混じって、誰の目にも耳にも、必ずしもつかないものですから、安心していられましょう。それであってさえ、誰それの娘、何がしの子と知られる身分となると、親兄弟の面目を潰す例が多いようだ。ましてや」
 と言いかけてお止めになった、そのご立派さも分からず、
 「いえいえ、それは、大層に思いなさって宮仕え致しましたら、窮屈でしょう。大御大壷の係なりともお仕え致しましょう」
 とお答え申し上げるので、お堪えになることができず、ついお笑いになって、
 「似つかわしくない役のようだ。このようにたまに会える親に孝行する気持ちがあるならば、その物をおっしゃる声を、少しゆっくりにしてお聞かせ下さい。そうすれば、寿命もきっと延びましょう」
 と、おどけたところのある大臣なので、苦笑しながらおっしゃる。

 [第三段 近江君の性情]
 「舌の生まれつきなのでございましょう。子供でした時でさえ、亡くなった母君がいつも嫌がって注意しておりました。妙法寺別当の大徳が、産屋に詰めておりましたので、それにあやかってしまったと嘆いていらっしゃいました。何とかしてこの早口は直しましょう」
 と大変だと思っているのも、たいそう孝行心が深く、けなげだとお思いになる。
 「その、側近くまで入り込んだ大徳こそ、困ったものです。ただその人の前世で犯した罪の報いなのでしょう。唖とどもりは、法華経を悪く言った罪の中にも、数えているよ」
 とおっしゃって、「わが子ながらも気の引けるほどの御方に、お目に掛けるのは気が引ける。どのよう考えて、こんな変な人を調べもせずに迎え取ったのだろう」とお思いになって、「女房たちが次々と見ては言い触らすだろう」と、考え直しなさるが、
 「女御が里下りしていらっしゃる時々には、お伺いして、女房たちの行儀作法を見習いなさい。特に優れたところのない人でも、自然と大勢の中に混じって、その立場に立つと、いつか恰好もつくものです。そのような心積もりをして、お目通りなさってはいかがですか」
 とおっしゃると、
 「とても嬉しいことでございますわ。ただただ、何としてでも、皆様方にお認めいただくことばかりを、寝ても覚めても、長年この願い以外のことは思ってもいませんでした。お許しさえあれば、水を汲んで頭上に乗せて運びましても、お仕え致しましょう」
 と、たいそういい気になって、一段と早口にしゃべるので、どうしようもないとお思いになって、
 「そんなにまで、自分自身で薪をお拾いにならなくても、参上なさればよいでしょう。ただあのあやかったという法師さえ離れたならばね」
 と、冗談事に紛らわしておしまいになるのも気づかずに、同じ大臣と申し上げる中でも、たいそう美しく堂々として、きらびやかな感じがして、並々の人では顔を合わせにくい程立派な方とも分からずに、
 「それでは、いつ女御殿の許に参上するといたしましょう」
 とお尋ね申すので、
 「吉日などと言うのが良いでしょう。いや何、大げさにすることはない。そのようにお思いならば、今日にでも」
 と、お言い捨てになって、お渡りになった。

 [第四段 近江君、血筋を誇りに思う]
 立派な四位五位たちが、うやうやしくお供申し上げて、ちょっとどこかへお出ましになるにも、たいそう堂々とした御威勢なのを、お見送り申し上げて、
 「何と、まあ、ご立派なお父様ですわ。このような方の子供でありながら、賤しい小さい家で育ったこととは」
 とおっしゃる。五節は、
 「あまり立派過ぎて、こちらが恥ずかしくなる方でいらっしゃいますわ。相応な親で、大切にしてくれる方に、捜し出しされなさったならよかったのに」
 と言うのも、無理な話である。
 「いつもの、あなたが、わたしの言うことをぶちこわしなさって、心外だわ。今は、友達みたいな口をきかないでよ。将来のある身の上なのようですから」
 と、腹をお立てになる顔つきが、親しみがあり、かわいらしくて、ふざけたところは、それなりに美しく大目に見られた。
 ただひどい田舎で、賤しい下人の中でお育ちになっていたので、物の言い方も知らない。大したことのない話でも、声をゆっくりと静かな調子で言い出したのは、ふと聞く耳でも、格別に思われ、おもしろくない歌語りをするのも、声の調子がしっくりしていて、先が聞きたくなり、歌の初めと終わりとをはっきり聞こえないように口ずさむのは、深い内容までは理解しないまでもの、ちょっと聞いたところでは、おもしろそうだと、聞き耳を立てるものである。
 たとえまことに深い内容の趣向ある話をしたとしても、相当な嗜みがあるとも聞こえるはずもない、うわずった声づかいをしておっしゃる言葉はごつごつして、訛があって、気ままに威張りちらした乳母に今も馴れきっているふうに、態度がたいそう不作法なので、悪く聞こえるのであった。
 まったくお話にならないというのではないが、三十一文字の、上句と下句との意味が通じない歌を、早口で続けざまに作ったりなさる。

 [第五段 近江君の手紙]
 「ところで、女御様に参上せよとおっしゃったのを、しぶるように見えたら、不快にお思いになるでしょう。夜になったら参上しましょう。大臣の君が、世界一大切に思ってくださっても、ご姉妹の方々が冷たくなさったら、お邸の中には居られましょうか」
 とおっしゃる。ご声望のほどは、たいそう軽いことであるよ。
 さっそくお手紙を差し上げなさる。
 「お側近くにおりながら、今までお伺いする幸せを得ませんのは、来るなと関所をお設けになったのでしょうか。お目にかかってはいませんのに、お血続きの者ですと申し上げるのは、恐れ多いことですが。まことに失礼ながら、失礼ながら」
 と、点ばかり多い書き方で、その裏には、
 「実は、今晩にも参上しようと存じますのは、お厭いになるとかえって思いが募るのでしょうか。いいえ、いいえ、見苦しい字は大目に見ていただきたく」
 とあって、また端の方に、このように、
 「未熟者ですが、いかがでしょうかと
  何とかしてお目にかかりとうございます
 並一通りの思いではございません」
 と、青い色紙一重ねに、たいそう草仮名がちの、角張った筆跡で、誰の書風を継ぐとも分からない、ふらふらした書き方も下長で、むやみに気取っているようである。行の具合は、端に行くほど曲がって来て、倒れそうに見えるのを、にっこりしながら見て、それでもたいそう細く小さく巻き結んで、撫子の花に付けてあった。

 [第六段 女御の返事]
 樋洗童は、たいそうもの馴れた態度できれいな子で、新参者なのであった。女御の御方の台盤所に寄って、
 「これを差し上げてください」
 と言う。下仕えが顔を知っていて、
 「北の対に仕えている童だわ」
 と言って、お手紙を受け取る。大輔の君というのが、持参して、開いて御覧に入れる。
 女御が、苦笑してお置きあそばしたのを、中納言の君という者が、お近くにいて、横目でちらちらと見た。
 「たいそうしゃれたお手紙のようでございますね」
 と、見たそうにしているので、
 「草仮名の文字は、読めないからかしら、歌の意味が続かないように見えます」
 とおっしゃって、お下しになった。
 「お返事は、このように由緒ありげに書かなかったら、なっていないと軽蔑されましょう。そのままお書きなさい」
 と、お任せになる。そう露骨に現しはしないが、若い女房たちは、何ともおかしくて、皆笑ってしまった。お返事を催促するので、
 「風流な引歌ばかり使ってございますので、お返事が難しゅうございます。代筆めいては、お気の毒でしょう」
 と言って、まるで、女御のご筆跡のように書く。
 「お近くにいらっしゃるのにその甲斐なく、お目にかかれないのは、恨めしく存じられまして、
  常陸にある駿河の海の須磨の浦に
  お出かけくだい、箱崎の松が待っています」
 と書いて、読んでお聞かせす申すと、
 「まあ、困りますわ。ほんとうにわたしが書いたのだと言ったらどうしましょう」
 と、迷惑そうに思っていらっしゃったが、
 「それは聞く人がお分かりでございましょう」
 と言って、紙に包んで使いにやった。
 御方が見て、
 「しゃれたお歌ですこと。待っているとおっしゃっているわ」
 と言って、たいそう甘ったるい薫物の香を、何度も何度も着物にた焚きしめていらっしゃった。紅というものを、たいそう赤く付けて、髪を梳いて化粧なさったのは、それなりに派手で愛嬌があった。ご対面の時、さぞ出過ぎたこともあったであろう。

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