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知命立命 心地よい風景

This is Kiyonori Shutou's weblog

【平家物語】 巻第三 二(三四)足摺

使者は丹左衛門尉基康という者であった
急いで舟から上がり
ここに都から流された丹波少将成経、平判官入道康頼殿はおられないか
とあちこち声をかけて尋ねた
二人は例の熊野詣をしていて、いなかった
法勝寺執行・俊寛僧都が一人いたが、これを聞き
思いが強すぎて夢でも見てるのだろう
それとも天魔が我が心をたぶらかそうとして言っているのだろうか
現実とはとても思えない
と慌てふためいて、走るともなく倒れるともなく急いで使者の前に走ってゆき
我こそ京から流された俊寛だ
と名乗られると、基康は雑用人の首に掛けさせた布袋から清盛入道の赦免状を取り出して渡した
それを開けてご覧になると
重罪は流罪によって許す
早く京へ帰る支度をせよ
このたび中宮の安産祈願のため、特別の恩赦がある
よって、鬼界が島の流人、少将成経と康頼法師を赦免とする
とだけ書かれてあり、俊寛という文字はなかった
書状を包む礼紙にでも書いてあるかと思って見てみたが、ない
奥へ読み進めても、二人とばかり書かれてあって、三人とは書かれていない

そのうちに、成経殿と康頼法師も戻ってきた
成経殿が手にして見ても、康頼法師が読んでも、二人とだけ書かれてあり、三人とは書かれていなかった
夢はときどきこういうことがある、これも夢か
と思ってみたが、現実であった
現実かと思えば、また夢のようでもある
しかも、二人のところへは都からの言伝ての手紙がたくさんあるのに、俊寛僧都のところへは問い合わせの手紙ひとつない
さては、自分の縁者たちは誰も都にはいなくなってしまったのか
と考えると不安になった

そもそも我ら三人は同じ罪、配流の地も同じだ
なのにどうして、赦免のときに二人は召し返され、自分ひとりをここに残すのか
平家の度忘れか、執筆の誤りか
いったいどういうことなんだ
と、天を仰ぎ地に伏して、泣き悲しんでみてもどうにもならない

俊寛僧都は少将成経の袂にすがり
私がこうなったのも、もとはと言えば、そなたの父・亡き大納言成親殿のつまらぬ謀反のせいなのですぞ
だから他人事などとは思わないでいただきたい
許されないなら、都までは無理でも、せめてこの舟に乗せて九州の地まで連れていっていただきたい
これでは二人がいらしたから、春は燕、秋はたのもの雁のおとずるように、自然と故郷の話を伝え聞くことができた
しかしこれから、どうやって知ったらよいというのか
と身悶えされた

成経殿は
そう思われるのも無理はありません
我らが召し返される嬉しさはもちろんですが、あなたの様子を伺っていると、とても置いて帰る気にはなれません
この舟にお乗せして帰りたいとは思うものの、都からの使者がどうしても無理だとしきりに言います
それに、お許しもないのに三人そろって島を出たなどと知られたら、却って事態は悪化します
私がまず京へ帰って人々にもよく話し、清盛入道の機嫌もうかがって、迎えの人を来させましょう
それまではいつものようなお気持ちでお待ちください
人の命は大切なものですから、たとえ赦免にお洩れになっても、最後まで赦免がないなどということはないはずです
と、あれこれ慰められたが、俊寛僧都はこらえきれない様子だった

そして、舟を出そうとすると、俊寛僧都は、舟に乗っては下り、下りては乗って、一緒に行きたげであった
成経殿は形見として寝具一揃え、康頼入道は形見として一部の法華経を残された
艫綱を解いて舟を押し出すと、俊寛僧都は綱にしがみつき、海に腰まで浸かり脇まで浸かり、背の立つところまで引きずられていった
背も立たなくなると、僧都は舟にしがみつき
さては、みんな本当に私を捨てられるおつもりなのか
日頃の情けなど、もはやはなんにもならない、許されなければ、都は無理でも、せめてこの舟に乗せて九州まで連れていってほしい
と懇願されたが、都の使者は
そんなことは到底できない
としがみつかれた手を引きのけて、舟をついに漕ぎ出した

俊寛僧都は仕方なく、渚に上がって倒れ臥し、幼子が乳母や母などを慕うように、足をばたばたさせて
やい乗せてけ、連れてけ
とわめき叫んだが、漕ぎ行く舟の常、跡に白波が残るばかりであった
舟はまだ遠ざからずにいたが、涙にくれて見えないので、俊寛僧都は高いところに登り、沖に向かって手招きをした
万葉集に現れる松浦小夜姫が、夫を乗せて去ってゆく唐船を慕い領巾を振ったのも、これには及ばないように見えた

そして、舟影も見えなくなり、日も暮れたが、俊寛僧都は粗末な寝所へも帰らず、波に足を洗わせながら、そこで夜を明かした
しかし、成経殿は情深い人だから、うまく言ってくれるかもしれない
と頼みをかけて、海に身を投げずにいた心の内は哀れであった
昔、天竺にいた幼い早離・速離兄弟が海巌山に捨てられた悲しみも、今しみじみと思い知られた

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