知命立命 心地よい風景

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【平家物語】 巻第二 一六(三二)蘇武

清盛入道が卒塔婆を見て憐れまれると、京中の老いも若きも身分も問わず、皆
鬼界が島の流人の歌
といって口ずさまない者はなかった
千本も作り出した卒都婆なので、さぞ小さかっただろうに、薩摩の南方からはるばると都まで伝わったのが不思議であった
あまりに思いが強いとこのような験があるのだろうか

昔、漢の昭帝が胡国を攻められたとき、初めは李少卿を大将軍として三十万騎を差し向けられた
漢軍の戦いは弱く、胡国の軍は強くて、その上、大将軍・李少卿を胡国に捕虜に取られた
次に蘇武を大将として五十万騎を差し向けられた
また漢軍が弱くて、胡軍が勝った
六千余人の兵が捕虜となった
その中から、蘇武をはじめとして主立った兵六百三十余人を選び出すと、一人一人片足を切断して放逐した
すぐ死んだ者もあれば、しばらくしてから死んだ者もあった
その中で、蘇武は一人死なずにいた

片足を失った身となって、山に登っては木の実を拾い、里に出ては芹を摘み、秋は田の落穂拾いなどをして露の命を長らえていた
田の面にいる無数の雁は、蘇武を見慣れて恐れなかったので
この雁たちは我が故郷を行き来しているんだな
と思うと懐かしさがこみ上げ、思いを一筆したためると
なんとかこれを昭帝に届けてくれ
と言い含め、雁の羽に結びつけて放った

たのもの雁たちは、秋は必ず北国から都へ入るのが癖で、漢の昭帝が上林苑で管弦を楽しんでおられると、夕暮れの空が薄曇り、なんとなく物寂しくなってきたとき、一行の雁が飛来した
その中から雁が一羽降りてきて、己の羽に結びつけてある手紙を噛み切って落とした
役人がそれを拾って帝に渡したのを、開いてご覧になると
昔は巌窟の洞に閉じ込められて、愁え嘆いて三度の春を送り、今は広い田の畝に捨てられて、敵地・胡国で片足となってしまいました
たとえ屍は胡国の地に散らしても、魂は再び君のおそばに戻ってお仕えします
と書かれてあった
それから手紙を
雁書
とも言い
雁札
とも名づけられている

かわいそうに、これは蘇武の誉れの筆の跡だ
まだ胡国で生きているに違いない
と、今度は李広という将軍に命じて百万騎を差し向けられた

今度の漢軍の戦いは強く、胡国の軍は敗れた
味方が戦いに勝ったと知ると、蘇武は広野の中から這い出して
我こそかつての蘇武だ
と名乗った
片足のない身となって十九年の歳月を送り、輿に乗せられて故郷へ戻った

蘇武は十六歳で胡国に差し向けられたとき、帝から賜った旗をなんとかして持っており、この十九年の間、肌身を離さずにいた
それを今取り出して帝にお見せした
君主も臣下も感激は尋常ではなかった
蘇武は君主のために比類ない大きな功績を立てたので、大国をたくさん賜り、さらに典属国という地位も与えられたという
李少卿は胡国に留まり、ついに帰ることはなかった
なんとかして漢に帰りたいと嘆いたが、胡王が許さなかったのでどうにもならなかった
漢の昭帝はこれをご存じなく
李少卿は不忠の者だ
と、既に死んだ両親の骸を掘り起して鞭打たせられた
李少卿はこれを伝え聞いて深く恨んだ
それでもなお、故郷を恋いながら、不忠の心などまったくないことを一巻の書に記して漢に送ると
かわいそうなことをした
と、父母の骸を鞭打たせられたことを悔やまれた

漢の蘇武は書を雁の羽につけて故郷に送り、我が国の康頼は波の便りで歌を故郷に伝えた
蘇武は一筆の手慰み、康頼は二首の歌、蘇武は上代、康頼は末代、そして胡国と鬼界が島、場所を隔て、時代は変わっても、風情に変わりのない稀な出来事であった

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