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知命立命 心地よい風景

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【平家物語】 巻第二 一三(二九)善光寺炎上

その頃、信濃国善光寺が炎上したことがあった
阿弥陀如来像は昔、天竺・舎衛国に五つの悪病が広まって多くの人々が死んだとき、月蓋長者の要請により、龍宮城から、閻浮樹の森林を流れる川の底の砂金を得て、釈尊と弟子・目連、月蓋長者が心をひとつにして鋳造された、一尺二寸の阿弥陀・観音・勢至の三尊で、天竺・震旦・本朝に二つとない霊像である
釈尊は入滅の後、天竺に五百余年の間留まられたが、仏法が東へ広まるに従い百済国へ移られ、一千年の後、百済の斉明王・本朝の欽明天皇の時代になって我が国へ移られ、摂津国・難波浦で歳月を送っておられる
いつも金色の光をお放ちである
ゆえに、年号を金光とした

同・金光三年三月、信濃国の住人・大海の本田善光が都へ上り、阿弥陀如来にお会いして、共に戻るときには、昼は善光が如来を背負い、夜は善光が如来に背負われて信濃国へ下り、水内郡に安置奉ったが、以来五百八十余年の間で炎上したのはこれが初めてであるという
王法が尽きるとき、まず仏法が滅ぶ
と言われる
だからか
あれほどありがたかった霊寺・霊山の多くが滅んだのは、平家が滅亡する兆しではないか
と人は言っていた

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