知命立命 心地よい風景

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【平家物語】 巻第二 三(一九)西光被斬

大衆による明雲先座主奪還の一件を後白河法皇がお聞きになり、ひどくご不快でいらしたとき、西光法師が
延暦寺の大衆が傍若無人な訴訟を起こすことは今に始まったことではありませんが、このたびは度が過ぎております
よくよくお考えなさいませ
これを戒めにならなければ、世もなにもあったものではありません
と奏聞した
今まさに我が身が滅びようとしているのも顧みず、山王大師の御心にもはばからず、こう言って法皇の御心を悩ませている
悪臣は国を乱す
という
そのとおりである
叢蘭が茂ろうとしても、秋の風が枯らすように、王者が聡明であろうとしても、悪臣がこれを妨害する
とは、このようなことを言うのであろう

執事別当の新大納言・藤原成親卿をはじめ側近に命じられ、法皇比叡山を攻められるようだ
という噂が流れると、延暦寺の大衆は
天子の領地に生まれて、天子の命にむやみに背くのもまずかろう
と、中には院宣に従う衆徒もいるという噂が流れたとき、妙光坊にいらした明雲先座主は
大衆に謀反の心あり
と耳にされ
またどんな目に遭わされるか
と言われた
しかし流罪の処分はなかった

新大納言成親卿は延暦寺の騒動によって、平家打倒の宿意のしばし中断を余儀なくされた
下準備はあれこれしていたが、擬勢ばかりでこの謀反が成功するようには見えなかったので、あれほど頼られていた多田蔵人行綱も
無駄骨だ
と思うようになったようで、弓袋でも作るようにと贈られた布を直垂帷に裁ち縫わせて、家臣・郎等に着せつつ、目をしばたたかせながら
平家の隆盛をいろいろ見てみても、現在の調子ではそうたやすく衰えるとは思えない
もしこの企てが洩れたら、おれはまず殺されるだろう
他人の口から洩れる前に寝返って、生き延びるのが得策だ
と思う気持ちが湧いてきた

同・五月二十九日の夜更け頃に清盛入道の西八条の屋敷に赴き
多田行綱、申すべきことがあって参上しました
と取り次がせると、清盛入道は
普段来もしない者が来たのは何事だ
聞いてこい
と、主馬判官・平盛国を行かせた
とても人伝てになど言えない話です
と言うので、それでは、と清盛入道自ら中門の長廊下に出られた
夜もすっかり更けたのに今頃何事だ
と言われると
昼は人目が多かったので、夜に紛れて参上しました
近頃、後白河院中の人々が軍備を調え、兵を召集しおられることをどのようにお聞きですか
清盛入道は
そのことだが、後白河法皇比叡山を攻める準備だと聞いている
と、それがどうしたとでも言いたげに答えられた
行綱は近寄り、小さな声で
そうではございません
すべて御家に関わることであると聞いております
清盛入道
そのことを法皇もご存じなのか
すべてご存じです
執事の別当・成親卿の軍兵召集も、法皇のご指示と伺っております
平判官康頼がああ言い、俊寛がこう言い、西光があれこれやって…
など、一部始終あることないことを大げさに言い散らし
では、私はこれで
と退出した直後の、清盛入道の大声で侍たちを呼びつける様子はたいへんなものであった
行綱は、よけいなことを口に出し、後で証人に喚問されるのではないかと恐ろしくなり、誰も追ってこないのに、袴の股立ちをつかみ上げて帯に挟み、広野に火を放ったような気持ちで大慌てで門外へと逃げ出した

その後、清盛入道が筑後守・平貞能を呼び
当家を倒そうと謀反を企てる連中が京中に満ちているようだ
一門の者たちに知らせよ、侍どもを集めよ
と言われたので、駆け回って召集した
右大将宗盛、三位中将知盛、頭中将重衡、左馬頭行盛、一門の者たちは、甲冑に身を固め、弓矢を携えて馳せ集まった
他の侍たちが雲霞のごとくに馳せ集まり、その夜のうちに清盛入道の西八条の屋敷には六・七千騎の兵が集結したように見えた

明ければ六月一日である
まだ夜も明けやらぬ頃、清盛入道は検非違使・安倍資成を招き
至急院の御所へ参り、大膳大夫信成を呼び出してだな
新大納言成親卿以下側近の者たちが平家一門を滅ぼして天下に混乱を起こそうと企てております
残らず召し捕り、尋問の上処罰いたします
法皇もご干渉なさいませんよう
と伝えてこい
と言われた
資成は急いで院の御所に赴き、信成を呼び出してこのことを伝えると、信成は真っ青になった
すぐさま法皇の御前に参り、しかじかと奏聞すると、法皇
やれやれ、もう内密の企ても洩れてしまったか
それにしても、これはどうしたことだ
とばかり仰せられ、はっきりした返事はなかった
資成は急いで駆け戻り、この由をしかじかと伝えると
清盛入道は
やはり、行綱の言っていたことは本当だったか
行綱が知らせてくれなかったら、わしは安穏としてはいられなかった
と、筑後守・平貞能と飛騨守・伊藤景家を呼び
平家を倒そうと謀反を企てる連中は京中に満ちているようだ
残らず引っ捕らえよ
と命じられた
そして、武士二百余騎・三百余騎がそこかしこ押し寄せ、捕縛が始まった

清盛入道は、まず雑色に
中御門烏丸の新大納言成親卿の屋敷に必ずお越しください
ご相談があります
と言うように命じて遣いを出されると、成親卿は我が身に起こることとはつゆ知らず
ああ、さては法皇比叡山攻撃を思い留まられるよう説得されるんだな
法皇のお怒りは激しい
とても無理なのに
と、糊を使わない狩衣をなよやかに着こなし、色鮮やかな車に乗り、侍を三・四人召し連れて、雑色や牛飼に至るまで、普段よりもめかしこんで赴いた
まさかそれが最後の外出になるとは、このときは知る由もなかった
西八条の近くになって周囲を見ると、四・五町の間に軍兵が満ちている
すごい数だ、いったい何事だろう
と胸騒ぎがしたが、門前で車から下り、門の内へ入って見回すと、そこにも軍兵があふれている

中門の出入口に恐ろしげな者どもが大勢待ち受けており、大納言の手をつかんで引っ張り
縄をかけましょうか
と言うと、清盛入道は簾の中から覗き見て
その必要はない
と言われたので、縁の上へ引き上らせ、一間ほどの部屋に押しこめた
成親卿は夢でも見ているようで、まったくわけがわからない
お供の侍たちは、軍兵たちに遮られ、ちりぢりになってしまった
雑色や牛飼は震え上がり、牛車を捨てて皆逃げてしまった

そのうち、近江中将入道・蓮浄、法勝寺執行・俊寛僧都、山城守・中原基兼、式部大輔正綱、平判官康頼、宗判官信房、新平判官資行も捕らえられてやって来た
西光法師はこれを聞いて、次は我が身と思ったか、鞭を打って院の御所へ馬を走らせた
六波羅の兵たちが道で行き合い
清盛殿からのお呼びだ、すぐ来い
と言うと
申し上げることがあって院の御所へ向かう途中だ
それが済んだら参る
と言ったので
憎たらしい入道め、何を申し上げるつもりだ
と、馬から引きずり落とし、縛って宙ぶらりんに提げ、西八条の清盛邸へ連行した

最初から謀略に加わった者なので、特にきつく縛り、中庭に引き据えた
清盛入道は大床に立って、しばし睨みつけ
憎い奴め、当家を倒そうと謀反を企んだ奴のなれの果てだ
そやつを連れてこい
と、縁の端に引き寄せさせ、草履を履きながら、その面をむずむずと踏みつけられた
だいたい、おまえらのような賤しい下郎を、法皇がお召し使いになって、任せられるはずのない官職をお与えになれば、父子共々身分不相応なふるまいをするだろうと思っていたが、案の定、天台座主を流罪にし、あまつさえ当家を倒そうと謀反を企てる者どもに加担していたとはな
正直に言え
と言われた

西光はもとより肝の据わった男なので、顔色ひとつ変えず、悪びれたふうもなく居直り、せせら笑って口を開けば
院に召し使われる身なのだから、執事の別当・成親卿が法皇の命を受けて募兵に関与たことを、ないとは言うまい
たしかにあった
それにしても聞き捨てならないことをおっしゃるものだ
他人の前ならいざ知らず、この西光が聞いているところでそんなことをおっしゃるものではない
そもそも貴殿は刑部卿忠盛の子ではあられるが、十・四五歳までは出仕もなさらなかった
しばらくして、亡き中御門の藤中納言家成卿のそばに出入りされていたのを、京童部は
噂の高平太
と言っていたものだ
にもかかわらず、保延の頃、海賊の張本人・三十数人を捕縛した手柄で四位に叙せられて、四位の兵衛佐と言ったことさえ、人々は身分不相応だと言い合ったものだ
殿上の交流さえ嫌がられた忠盛の子孫で、太政大臣にまで成り上ったのこそ身分不相応であろう
侍程度の者が受領や検非違使になることは先例がないわけでもない
それのどこが身分不相応なのか
とはばかることなく言い散らしたので、清盛入道はあまりに腹を据えかねて、しばらくはものも言わず、少ししてから
そいつの首は簡単には斬るな
みっちり問い糾して計画の実態を調べあげ、その後河原へ引き出して首を刎ねよ
と命じられた
松浦太郎重俊が命令を受け、手足を挟み、あれこれ拷問を加えて取り調べた
西光は抗うつもりなど毛頭なかった上に、拷問が激しかったので、洗いざらい自白した
自白調書を四・五枚取られた後
口を裂け
と、口を引き裂かれ、五条西の朱雀でついに斬られた

加賀守を解任された嫡子・藤原師高が尾張国井戸田へ流罪となっていたのを、同国の住人・胡麻郡司維季に命じて殺させた
弟の近藤判官師経を牢獄から引きずり出して処刑させた
その弟の左衛門尉・近藤師平と家臣三人も同じく首を刎ねられた
これらは取るに足りない者が出世し、関わるべきでないことに関わり、罪のない天台座主を流罪に処して、その運が尽きたようで、たちどころに山王大師の神罰冥罰を受け、こんな目に遭ったのである

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