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『三国志演義』第九十三回 姜伯約帰して孔明に降り、武郷侯罵って王朗を死せしむ

姜維諸葛亮の計を見抜いて
諸葛亮の計は、城の裏手に兵を置き、我らをおびき寄せて虚を突くというもの。故に遠方まで行かずに戦い、火の手を合図に前後から攻撃すれば大勝間違いございませぬ。」
と進言し、バジュンは兵を出した。
さて、趙雲は、魏軍が城を出たと聞くと、5千の兵を率いて城に向かった。そして、開城を迫ったが、
「貴様は計にかかりながら気付かぬのか。」
姜維が討って出て、趙雲と打ち合った。趙雲姜維の強さに驚きながらも打ち合うが、左右から魏軍に攻められ血路を開いて丞相のもとに落ち延びた。
計が破れた丞相は、驚き自ら大軍をおこした。そして、魏延姜維の母親のいる冀城を攻めさせた。姜維は、いち早くこれを読んで冀城を守りに行き固く門を閉ざした。丞相は捕虜の夏侯楙に姜維に降伏を勧めるように命じ、彼を冀城にに向かわせた。しかし、途中で冀県の領民から姜維が降伏したという知らせを聞いて、天水のバジュンのもとに行った。そこに姜維がやってきて、
「それがし都督のために降参致したのに、何故魏に戻ったのか。」
すると、夏侯楙、
「魏の恩恵に預かりながら蜀に降るとは何事か。そのような約束はしておらぬ。」
「貴様が書面を持って降るよう勧めて参ったのに知らぬとは無礼な。今、わしは蜀に降って大将の役を頂いた。魏に戻る気などないわ。」
というなり攻めてかかった。実は、この姜維は偽物で蜀の兵士であったが、松明の中でははっきりと見分けることができなかったのである。
この間に丞相は冀城を攻め、姜維は天水に援軍を求めに行った。しかし、天水では先の偽物の計で姜維は降伏したものと思われ、逆に矢を浴びせられ、やむなく退くが、蜀軍に囲まれた。そこに諸葛亮が現れ、降伏を勧めた。
姜維は退路も援軍もないのでやむなく降伏した。
そして、諸葛亮姜維は近隣の城を落としていった。

曹叡は、夏侯楙が三郡を失って羌中へ逃れた事を知り、諸官と計ったところ司徒王朗が進み出て曹真を出すよう進言した。
曹叡は曹真を大都督に命じ、郭淮を副都督、王朗を軍師として20万の兵を与えた。
曹真は長安を出て蜀攻めを評議したが、王朗が、
「それがしがただの一言で蜀を降参させて進ぜよう。」
と言った。
曹真はいたく喜び、明朝軍を出した。王朗は、諸葛亮と対面し論戦をしたが、諸葛亮に論破されて胸を詰まらせて死んだ。
両軍この日は軍を退き魏軍は王朗の柩を長安に帰した。郭淮が、
「我が軍が喪儀を行っているとみて、夜討ちをかけて来るに違いありませぬ。」
と進言し、逆に夜討ちを仕掛けた。
しかし、諸葛亮に策を読まれて暗闇の中で同士討ちをして大敗し10里余り軍を退いた。
そこで郭淮は、一計を進言した。

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