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知命立命 心地よい風景

This is Kiyonori Shutou's weblog

【源氏物語】 (弐佰拾陸) 浮舟 第三章 浮舟と薫の物語 薫と浮舟、宇治橋の和歌を詠み交す

紫式部の著した『源氏物語』は、100万文字・22万文節・54帖(400字詰め原稿用紙で約2400枚)から成り、70年余りの時間の中でおよそ500名近くの人物の出来事が描かれた長編で、800首弱の和歌を含む平安時代中期に成立した典型的な長編王朝物語です。
物語としての虚構の秀逸、心理描写の巧みさ、筋立ての巧緻、あるいはその文章の美と美意識の鋭さなどから、しばしば「古典の中の古典」と称賛され、日本文学史上最高の傑作とされています。
物語は、母系制が色濃い平安朝中期(概ね10世紀頃)を舞台に、天皇親王として出生し、才能・容姿ともにめぐまれながら臣籍降下して源氏姓となった光源氏の栄華と苦悩の人生、およびその子孫らの人生が描かれているのです。

そんな今回は、「浮舟」の物語の続きです。
【源氏物語】 (佰漆拾壱)第三部 はじめ 源氏没後の子孫たちの恋と人生!

第三章 浮舟と薫の物語 薫と浮舟、宇治橋の和歌を詠み交す
 [第一段 匂宮、二条院に帰邸し、中君を責める]
 二条の院にお着きになって、女君がたいそう水臭くお隠しになっていたことが情けないので、気楽な方の部屋でお寝みになったが、眠ることがおできになれず、とても寂しく物思いがまさるので、心弱く対の屋にお渡りになった。
 何があったとも知らずに、とても美しそうにしていらっしゃる。「又となく魅力的だと御覧になった人よりも、またこの人はやはり類稀な様子をしていらっしゃった」と御覧になる一方で、とてもよく似ているのを思い出しなさるにも、胸が塞がる思いがして、ひどく物思いをなさっている様子で、御帳台に入ってお寝みになる。女君もお連れ申してお入りになって、
 「気分がとても悪い。どうなるのだろうかと、心細い気がする。わたしは、どんなにも深く愛していても先立ってしまったら、お身の上はまことすぐに変わってしまうでしょうね。人の思いは、きっと通るものですからね」
 とおっしゃる。「ひどいことを、真面目になっておっしゃるわ」と思って、
 「このように聞きずらいことが漏れ聞こえたら、どのように申し上げたのかと、あちらもお考えになりましょうことが、たまりません。不運の身には、いい加減な冗談もとてもつらいので」
 と言って、横をお向きになった。宮も、真面目になって、
 「ほんとうにつらいとお思い申し上げることがあるのは、どのようにお思いになるでしょう。わたしは、あなたにとっていい加減な人でしょうか。誰もが、めったにいない人だなどと、言い立てるくらいです。誰かに比べてこの上なく見下しなさるようだ。誰もそのような運命なのだろうと、自然と理解されるが、隔てなさるお気持ちの強いのが、とても情けない」
 とおっしゃるにつけても、「宿世が並々でなく、探し出したのだ」と思い出されると、自然と涙ぐまれた。真剣なお姿を、「お気の毒で、どのようなことをお聞きになったのだろう」とはっとさせられるが、お答え申し上げなさる言葉もない。
 「ちょっとした関係で結婚なさったので、どんなことも軽い気持ちで推量なさるのであろう。縁故もない人を頼みにして、その好意を受け入れたりしたのが過ちで、軽く扱われる身なのだ」とお思い続けるのも、何かと悲しくて、ますます可憐なご様子である。
 「あの人を見つけたことは、しばらくの間はお知らせ申すまい」とお思いなので、「他の事に思わせて恨みなさるのを、ひたすらこの大将の事を真剣になっておっしゃる」とお思いになると、「誰かが嘘を真実のように申し上げたのだろう」などとお思いになる。事実か否かを確かめない間は、お会い申すのも恥ずかしい。

 [第二段 明石中宮からと薫の見舞い]
 内裏から大宮のお手紙が来たので、驚きなさって、やはり釈然としないご様子で、あちらにお渡りになった。
 「昨日の心配したことよ。ご気分悪くいらっしゃったそうですが、悪くないようでしたら参内なさい。久しく見えませんこと」
 などというように申し上げなさったので、大げさに心配していただくのもつらいけれど、ほんとうにご気分も正気でないようで、その日は参内なさらない。上達部などが、大勢参上なさったが、御簾の中でその日はお過ごしになる。
 夕方、右大将が参上なさった。
 「こちらに」
 と言って、寛いだ恰好でお会いなさった。
 「ご気分がお悪い、ということでございましたので、宮におかれましてもとてもご心配あそばされています。どのようなご病気すか」
 とお尋ね申し上げなさる。お会いしただけで、お胸がどきどき高まってくるので、言葉少なくて、「聖めいているというが、途方もない山伏心だな。あれほどかわいい女を、そのままにして置いて、何日も何日も待ちわびさせているとは」とお思いになる。
 いつもは、ほんの些細な機会でさえ、自分はまじめ人間だと振る舞い自称していらっしゃるのを、悔しがりなさって、何かと文句をおつけになるのを、このような事を発見したのを、どうしておっしゃっらないだろうか。けれども、そのような冗談もおっしゃらず、とてもつらそうにお見えになるので、
 「お気の毒なことです。大したご病気ではなくても、やはり何日も続くのは、とてもよくないことでございます。お風邪を充分ご養生なさいませ」
 などと、心からお見舞い申し述べてお出になった。「気のひけるほど立派な人である。わたしの態度を、どのように比較しただろう」などと、いろいろな事柄につけて、ひたすらあの女を、束の間も忘れずお思い出しになる。
 あちらでは、石山詣でも中止になって、まことに何もすることない。お手紙には、とてもつらい思いをたくさんお書きになってお遣りになる。それでさえ気が落ち着かず、「時方」と言って召し出した大夫の従者で、事情を知らない者をして遣わしたのであった。
 「私め右近が古くから知っていた人で、殿のお供で訪ねて来まして、昔に縒りを戻して懇意になろうとするのです」
 と、女房仲間には言い聞かせていた。何かと右近は、嘘をつくことになったのであった。

 [第三段 二月上旬、薫、宇治へ行く]
 月が替わった。このようにお分かりになるが、お出かけになることはとても無理である。「こうして物思いばかりしていたら、生きてもいられないようなわが身だ」と、心細さが加わってお嘆きになる。
 大将殿は、少しのんびりしたころ、いつものように、人目を忍んでお出でになった。寺で仏などを拝みなさる。御誦経をおさせになる僧に、お布施を与えたりして、夕方に、こちらには人目を忍んでだが、この人はひどく身を簡略になさるでもない。烏帽子に直衣姿が、たいそう理想的で美しそうで、歩んでお入りになるなり、こちらが恥ずかしくなりそうで、心づかいが格別である。
 女は、どうしてお会いできようかと、空にまで目があって恐ろしく思われるので、激しく一途であった方のご様子が、自然と思い出されると、一方で、この方にお会いすることを想像すると、ひどくつらい。
 「『私は今まで何年も会っていた女の思いが、皆あなたに移ってしまいそうだ』とおっしゃったのを、なるほど、その後はご気分が悪いと言って、どの方にもどの方にも、いつものようなご様子ではなく、御修法などと言って騒いでいるというのを聞くと、また、どのようにお聞きになってどのようにお思いになるだろうか」と、思うにつけてまことにつらい。
 この方はこの方で、たいそう感じが格別で、愛情深く、優美な態度で、久しく会わなかったご無沙汰のお詫びをおっしゃるのも、言葉数多くなく、恋しい愛しいと直接には言わないが、いつも一緒にいられない恋の苦しい気持ちを、体裁よくおっしゃるのが、ひどく言葉を尽くして言うよりもまさって、たいそうしみじみと誰もが思うにちがいないような感じを身につけていらっしゃる人柄である。やさしく美しい方面は無論のこと、将来末長く信頼できる性格などが、この上なくまさっていらっしゃった。
 「心外なと思われる様子の気持ちなどが、漏れてお耳に入った時は、とても大変なことになるであろう。不思議なほど正気もなく恋い焦がれている方を、恋しいと思うのも、それはとてもとんでもなく軽率なことだわ。この方に嫌だと思われて、お忘れになるってしまう」心細さは、とても深くしみこんでいたので、思い乱れている様子を、「途絶えていたこの幾月間に、すっかり男女の情理をわきまえ、成長したものだ。何もすることのない住処にいる間に、あらゆる物思いの限りを尽くしたのだろうよ」と御覧になるにつけても、気の毒なので、いつもより心をこめてお語らいになる。

 [第四段 薫と浮舟、それぞれの思い]
 「造らせている所は、だんだんと出来上がって来た。先日、見に行ったが、ここよりはやさしい感じの川があって、花も御覧になれましょう。三条宮邸も近い所です。毎日会わないでいる不安も、自然と消えましょうから、この春のころに、差し支えなければお連れしよう」
 と思っておっしゃるのにつけても、「あの方が、のんびりとした所を考えついたと、昨日もおっしゃっていたが、このようなことをご存知なくて、そのようにお考えになっていることよ」と、心が痛みながらも、「そちらに靡くべきではないのだ」と思うその一方で、先日のお姿が、面影に現れるので、「自分ながらも嫌な情けない身の上だわ」と、思い続けて泣いた。
 「お気持ちが、このようでなくおっとりとしていたのが、のんびりと嬉しかった。誰かが何か言い聞かせたことがあるのですか。少しでも並々の愛情であったら、こうしてわざわざやって来ることができる身分ではないし、道中でもないのですよ」
 などと言って、初旬ころの夕月夜に、少し端に近い所に臥して外を眺めていらっしゃった。男は、亡くなった姫君のことを思い出しなさって、女は、今から加わった身のつらさを嘆いて、お互いに物思いする。

 [第五段 薫と浮舟、宇治橋の和歌を詠み交す]
 山の方は霞が隔てて、寒い洲崎に立っている鵲の姿も、場所柄かとても興趣深く見えるが、宇治橋がはるばると見渡されるところに、柴積み舟があちこちで行き交っているのなどが、他の場所では見慣れないことばかりがあれやこれやある所なので、御覧になる度ごとに、やはりその当時のことがまるで今のような気がして、ほんとにそうでもない女を相手にする時でさえ、めったにない逢瀬の情が多いにちがいないところである。
 それ以上に、恋しい女に似ているのもこの上なく、だんだんと男女の情理を知り、都の女らしくなってゆく様子がかわいらしいのも、すっかり良くなった感じがなさるが、女は、あれこれ物思いする心中に、いつの間にかこみ上げてくる涙、ややもすれば流れ出すのを、慰めかねなさって、
 「宇治橋のように末長い約束は朽ちないから
  不安に思って心配なさるな
 やがてお分かりになりましょう」
 とおっしゃる。
 「絶え間ばかりが気がかりでございます宇治橋なのに
  朽ちないものと依然頼りにしなさいとおっしゃるのですか」
 以前よりもまことに見捨てがたく、暫くの間も逗留していたくお思いになるが、世間の噂がうるさいので、「今さら長居をすべきでもない。気楽に会える時になったら」などとお考えになって、早朝にお帰りになった。「とても素晴らしく成長なさったな」と、おいたわしくお思い出しになること、今まで以上であった。

 

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