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知命立命 心地よい風景

This is Kiyonori Shutou's weblog

『三国志演義』第七十八回 風疾を治さんとして神医身死り、遺命を伝えて奸雄数を終える

さて、漢中王が倒れ、周りの者が内殿に担ぎ込んだ。
一同手当して蘇らせたが、泣いて昏倒する事1日4、5回。3日というもの水も飲まずに激しく泣き続けた。

曹操は洛陽にあったが、関羽を葬ってからというもの夜毎眠ろうとして目を閉ざすと彼が現れるので、いたく恐れて新殿を建てようとした。しかし、棟梁にする木を切ろうとして、その神木の祟りで頭痛がやまず、華佗に治療させた。
しかし、華佗曹操
「病根が頭の中にあります故、薬湯では治りませぬ。頭を切り開いて治療いたします。」
と言うと、曹操は怒って彼を投獄した。華佗はそのまま獄死した。
曹操の病状はさらに悪化し、曹丕を後継にし、自分の墓は後世の人に気付かれないように偽の塚を72築かせる事を命じた。遺言を述べ終わると、長い溜息をして雨のように涙を流すと見るや、息が止まって死んだ。享年66歳。建安25年の春正月である。
その後、曹丕が魏王となった。
慶賀の宴がたけなわな頃、曹彰が長安より10万の大軍を率いて来た。
曹丕は仰天したが、そこに、
「それがしが一言にてご説得致します。」
と進み出た者がいる。

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