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【源氏物語】 (弐佰拾参) 東屋 第六章 浮舟と薫の物語 薫、浮舟を伴って宇治へ行く

紫式部の著した『源氏物語』は、100万文字・22万文節・54帖(400字詰め原稿用紙で約2400枚)から成り、70年余りの時間の中でおよそ500名近くの人物の出来事が描かれた長編で、800首弱の和歌を含む平安時代中期に成立した典型的な長編王朝物語です。
物語としての虚構の秀逸、心理描写の巧みさ、筋立ての巧緻、あるいはその文章の美と美意識の鋭さなどから、しばしば「古典の中の古典」と称賛され、日本文学史上最高の傑作とされています。
物語は、母系制が色濃い平安朝中期(概ね10世紀頃)を舞台に、天皇親王として出生し、才能・容姿ともにめぐまれながら臣籍降下して源氏姓となった光源氏の栄華と苦悩の人生、およびその子孫らの人生が描かれているのです。

そんな今回は、「東屋」の物語の続きです。
【源氏物語】 (佰漆拾壱)第三部 はじめ 源氏没後の子孫たちの恋と人生!

第六章 浮舟と薫の物語 薫、浮舟を伴って宇治へ行く
 [第一段 薫、宇治の御堂を見に出かける]
 あの大将殿は、いつものように、秋が深まってゆくころ、習慣になっている事なので、夜の寝覚めごとに忘れず、しみじみとばかり思われなさったので、「宇治の御堂を造り終わった」と聞きなさると、ご自身でお出かけになった。
 久しく御覧にならなかったので、山の紅葉も珍しく思われる。解体した寝殿は、今度は立派に造り変えなさった。昔とても簡略にして、僧坊めいていらした住まいを思い出すと、この宮邸も恋しく思い出されなさって、様変りさせてしまったのも、残念なまでに、いつもより眺めていらっしゃる。
 もとからあったご設備は、たいへん尊重して、もう一方を女性向きにこまやかに整えるなどして、一様ではなかったが、網代屏風や何やらの粗末な物などは、あの御堂の僧坊の道具として、特別に役立たせなさった。山里めいた道具類を、特別に作らせなさって、ひどく簡略にせず、たいそう美しく奥ゆかしく作らせてあった。
 遣水の辺にある岩にお座りになって、
 「涸れてしまわないこの清水にどうして亡くなった人の
  面影だけでもとどめておかなかったのだろう」
 涙を拭いながら、弁の尼君の方にお立ち寄りになると、とても悲しいと拝見すると、ただべそをかくばかりである。長押にちょっとお座りになって、簾の端を引き上げて、お話なさる。几帳に隠れて座っていた。話のついでに、
 「あの人は、最近宮邸にいると聞いたが、やはりきまり悪く思われて、尋ねていません。やはり、こちらからすっかりお伝え下さい」
 とおっしゃると、
 「先日、あの母君の手紙がございました。物忌みの方違えするといって、あちらこちらと移っていらしたようです。最近も、粗末な小家に隠れていらっしゃるらしいのも気の毒で、少し近い所であったら、そこに移して安心でしょうが、荒々しい山道で、簡単には思い立つことができないで、とございました」
 と申し上げる。
 「人びとがこのように恐ろしがっているような山道を、自分は相変わらず分け入って来るのだ。どれほどの前世からの約束事があってかと思うと、感慨無量です」
 と言って、いつものように、涙ぐんでいらっしゃった。
 「それでは、その気楽な隠れ家に、お便りしてください。ご自身で、あちらに出向いてくださいませんか」
 とおっしゃると、
 「お言葉をお伝えしますことは簡単です。今さら京に出ますことは億劫で、宮邸にさえ参りませんのに」
 と申し上げる。

 [第二段 薫、弁の尼に依頼して出る]
 「どうしてそんなことが。どうするにせよ、誰かが伝え聞いて言うならともかく、愛宕の聖でさえ、場合によっては出ないことがあろうか。固い誓いを破って、人の願いをお満たしになるのが尊いことです」
 とおっしゃると、
 「衆生済度の徳もございませんのに、聞き苦しい噂も、出て来ましょう」
 と言って、困ったことに思っていたが、
 「やはり、ちょうどよい機会だから」
 と、いつもと違って無理強いして、
 「明後日ぐらいに、車を差し向けましょう。その仮住まいの家を調べておいてください。けっして馬鹿げたまちがいはしませんから」
 と、にっこりしておっしゃるので、やっかいで、「どのようにお考えなのだろう」と思うが、「浅薄で軽々しくないご性質なので、自然とご自分のためにも、外聞はお慎みになっていらっしゃるだろう」と思って、
 「それでは、承知いたしました。お近くですから。お手紙などをおやりくださいませ。わざわざ利口ぶって、取り持ちを買って出たようにとられますのも、今さら伊賀専女のようではないかしら、と気がひけます」
 と申し上げる。
 「手紙は、簡単でしょうが、人の噂が、とてもうるさいものですから、右大将は、常陸介の娘に求婚しているそうだなどとも、取り沙汰しようから。その介の殿は、とても荒々しい人のようですね」
 とおっしゃると、ふと笑って、お気の毒にと思う。
 暗くなったのでお出になる。木の下草が美しい花々や、紅葉などを折らせなさって、宮に御覧にお入れなさる。ご結婚の効がなくはなくいらっしゃるようだが、畏れ敬っているような感じで、たいそうお親しみ申し上げずにいるようである。帝から、普通の親のように、入道の宮にもお頼み申し上げなさっているので、たいそう重々しい点では、この上なくお思い申し上げていらっしゃった。あちらからもこちらからも、大切にされなさるお世話に加えて、やっかいな執心が加わったのが、つらいことであった。

 [第三段 弁の尼、三条の隠れ家を訪ねる]
 お約束になった日のまだ早朝に、腹心の家来とお思いになる下臈の侍を一人、顔を知られていない牛飼童を用意して遣わす。
 「荘園の連中で田舎者じみたのを召し出して、付き添わせよ」
 とおっしゃる。必ず京に出て来るようにとおっしゃっていたので、とても気がひけてつらいけれど、ちょっと化粧をして車に乗った。野山の様子を見るにつけても、若いころからの古い出来事が自然と思い出されて、物思いに耽りながら着いたのであった。とてもひっそりとして人の出入りもない所なので、車を引き入れて、
 「これこれで、参りました」
 と、案内の男を介して言わせると、初瀬のお供をした若い女房が、出てきて車から降ろす。粗末な家で物思いに耽りながら明かし暮らしていたので、昔話もできる人が来たので、嬉しくなって呼び入れなさって、父親と申し上げた方のご身辺の人と思うと、慕わしくなるのであろう。
 「しみじみと、人知れずお目にかかりまして後は、お思い出し申し上げない時はありませんが、世の中をこのように捨てた身なので、あちらの宮邸にさえ参りませんが、この大将殿が、不思議なまでにお頼みになるので、思い起こして参りました」
 と申し上げる。姫君も乳母も、素晴らしいお方と拝見していたお方のご様子なので、忘れないふうにおっしゃるというのも、嬉しいが、急にこのようにご計画なさるとは、思い寄らなかった。

 [第四段 薫、三条の隠れ家の浮舟と逢う]
 宵を少し過ぎたころに、「宇治から参った者です」と言って、門をそっと叩く。「そうかしら」と思うが、弁が開けさせると、車を引き入れる。妙だと思うと、
 「尼君に、お目にかかりたい」
 と言って、その近くの荘園の支配人の名を名乗らせなさったので、戸口にいざり出た。雨が少し降りそそいで、風がとても冷やかに吹きこんで、何ともいえない良い匂いが漂ってくるので、「そうであったのか」と、皆が皆心をときめかせるにちがいないご様子が結構なので、心づもりもなくむさくるしいうえに、まだ予想もしていなかった時なので、気が動転して、
 「どうしたことであろうか」
 と言い合っていた。
 「気楽な所で、いく月もの間の抑えきれない思いを申し上げたいと思いまして」
 と言わせなさった。
 「どのように申し上げたらよいものか」と思って、君はつらそうに思っていらしたので、乳母が見苦しがって、
 「このようにいらっしゃったのを、お座りもいただかず、このままお帰し申し上げることができましょうか。あちらの殿にも、これこれです、とそっと申し上げましょう。近い所ですから」
 と言う。
 「気がきかないことを。どうして、そうすることがありましょう。若い方どうしがお話し申し上げなさるのに、急に深い仲になるものでもありますまい。不思議なまでに気長で、慎重でいらっしゃる君なので、けっして相手の許しがなくては、気をお許しになりますまい」
 などと言っているうちに、雨が次第に降って来たので、空はたいそう暗い。宿直人で変な声をした者が、夜警をして、
 「家の辰巳の隅の崩れが、とても危険だ。こちらの、客のお車は入れるものなら、引き入れてご門を閉めよ。この客人の供人は、気がきかない」
 などと言い合っているのも、気持ち悪く聞き馴れない気がなさる。
 「佐野の辺りに家もないのに」
 などと口ずさんで、田舎めいた簀子の端の方に座っていらっしゃった。
 「戸口を閉ざすほど葎が茂っているためか
  東屋であまりに待たされ雨に濡れることよ」
 と、露を払っていらっしゃる、その追い風が、とても尋常でないほど匂うので、東国の田舎者も驚くにちがいない。
 あれやこれやと言い逃れるすべもないので、南の廂にお座席を設けて、お入れ申し上げる。気安くお会いなさらないのを、誰彼らが押し出した。遣戸という物を錠をかけて、少し開けてあったので、
 「飛騨の大工までが恨めしい仕切りですね。このような物の外には、まだ座ったことがありません」
 とお嘆きになって、どのようになさったのか、お入りになってしまった。あの人形の願いもおしゃっらず、ただ、
 「思いがけず、何かの間から覗き見して以来、何となく恋しいこと。そのような運命であったのか、不思議なまでにお思い申し上げています」
 とお口説きになるのであろう。女の様子は、とてもかわいらしくおっとりしているので、見劣りもせず、とてもしみじみとお思いになった。

 [第五段 薫と浮舟、宇治へ出発]
 まもなく夜が明けてしまう気がするのに、鶏などは鳴かないで、大路に近い所で間のびした声で、何とも聞いたことのない物売りの呼び上げる声がして、連れ立って行くのなどが聞こえる。このような朝ぼらけに見ると、品物を頭の上に乗せている姿が、「鬼のような恰好だ」とお聞きになっているのも、このような蓬生の宿でごろ寝をした経験もおありでないので、興味深くもあった。
 宿直人も門を開けて出る音がする。それぞれ中に入って横になる音などをお聞きになって、人を呼んで、車を妻戸に寄せさせなさる。抱き上げてお乗せになった。誰も彼もが、おかしな、どうしようもないことだとあわてて、
 「九月でもありますのに。情けないことです。どうなさるのですか」
 と嘆くと、尼君も、とてもお気の毒になって、意外なことだったが、
 「自然とお考えのことがあるのでしょう。不安にお思いなさるな。九月は、明日が節分だと聞きました」
 と言って慰める。今日は、十三日であった。尼君は、
 「今回は、同行できません。宮の上が、お聞きになることもありましょうから、こっそりと行ったり来たりいたしますのも、まことに具合が悪うございます」
 と申し上げるが、早々にこの事をお聞かせ申し上げるのも、恥ずかしく思われなさって、
 「それは、後からお詫び申してもお済みになることでしょう。あちらでも案内する人がいなくては、頼りない所ですから」
 とお責めになる。
 「誰か一人、お供しなさい」
 とおっしゃると、この君に付き添っている侍従と乗った。乳母は、尼君の供をして来た童女などもとり残されて、まことに何が何やら分からぬ気持ちでいた。

 [第六段 薫と浮舟の宇治への道行き]
 「近い所にか」と思うと、宇治へいらっしゃるのであった。牛なども取り替える準備をなさっていた。加茂の河原を過ぎ、法性寺の付近をお通りになるころに、夜はすっかり明けた。
 若い女房は、とてもかすかに拝見して、お誉め申して、何となくお慕い申し上げるので、世間の思惑も何とも思わない。女君はとても驚いて、何も考えられずうつ伏しているのを、
 「大きな石のある道は、つらいものだ」
 と言って、抱いていらっしゃった。薄物の細長を、車の中に垂れて仕切っていたので、明るく照り出した朝日に、尼君はとても恥ずかしく思われるにつけて、「故姫君のお供をして、このように拝見したかったものだ。生き永らえると、思いもかけないことにあうものだ」と、悲しく思われて、抑えようとするが、つい顔がゆがんで泣くのを、侍従はとても憎らしく、「ご結婚早々に尼姿で乗り添っているだけでも不吉に思うのに、何で、こうしてめそめそするのか」と、憎らしく愚かにも思う。年老いた人は、何となく涙もろいものだ、と簡単に考えるのであった。
 君も、相手の女は憎くないが、空の様子につけても、故人への恋しさがつのって、山深く入って行くにしたがって、霧が立ち渡ってくる気がなさる。物思いに耽って寄り掛かっていらっしゃる袖が、重なりながら長々と外に出ているのが、川霧に濡れて、お召し物が紅色なところに、お直衣の花が大変に色変わりしているのを、急坂の下る所で見つけて、引き入れなさる。
 「故姫君の形見だと思って見るにつけ
  朝露がしとどに置くように涙に濡れることだ」
 と、心にもなく独り言をおっしゃるのを聞いて、ますます袖をしぼるほどに、尼君の袖も泣き濡れているのを、若い女房は、「妙な見苦しいことだ」。嬉しいはずの道中に、とてもやっかいな事が、加わった気持ちがする。堪えきれない鼻水をすする音をお聞きになって、自分もこっそりと鼻をかんで、「どのように思っているだろうか」とお気の毒なので、
 「長年、この道をいく度も行き来したことを思うと、何となく感慨無量な気持ちがします。少し起き上がって、この山の景色を御覧なさい。とてもふさぎこんでいらっしゃいませんか」
 と、無理に起こしなさると、美しい感じに、ちょっと隠して、遠慮深そうに外を見い出しなさっている目もとなどは、とてもよく似て思い出されるが、おだやかであまりにおっとりとし過ぎているのが、不安な気がする。「とてもたいそう子供っぽくいらしたが、思慮深くいらっしゃったな」と、やはり癒されない悲しみは、空しい大空いっぱいにもなってしまいそうである。

 [第七段 宇治に到着、薫、京に手紙を書く]
 宇治にお着きになって、
 「ああ、亡き方の魂がとどまって御覧になっていようか。誰のために、このようにあてもなく彷徨い歩こうというのか」
 と思い続けられなさって、降りてからは少し気をきかせて、側を立ち去りなさった。女は、母君がどうお思いになるかが、とても気がかりであるが、優雅な態度で、愛情深くしみじみとお話なさるので、慰められて降りた。
 尼君は、こちらで特に降りないで、渡廊の方に寄せたのを、「わざわざ気をつかうべき住まいでもないのに、心づかいが過ぎる」と御覧になる。御荘園から、いつものように、人びとが騒がしいほど参集する。女のお食事は、尼君の方から差し上げる。道中は草が茂っていたが、こちらの様子は、たいそう晴れ晴れとしている。
 川の様子も山の景色も、上手に取り入れた建物の造りを眺めやって、日頃の鬱陶しい思いが慰められた気がするが、「どのようになさるおつもりか」と、不安で変な感じがする。
 殿は、京にお手紙をお書きになる。
 「まだ完成しない仏像のお飾りなどを拝見しておりましたが、今日が吉日なので、急いで参りまして、気分が良くないうえに、物忌であったのを思い出しまして、今日明日はこちらで慎んでおります」
 などと、母宮にも姫宮にも申し上げなさる。

 [第八段 薫、浮舟の今後を思案す]
 くつろいでいらっしゃるご様子で、いま一段と魅力的になって入っていらっしゃったのも恥ずかしい気がするが、身を隠すわけにもいかず座っていらっしゃった。女の装束などは、色とりどりに美しくと思って襲着していたが、少し田舎風なところが混じっていて、故人がとても柔らかくなったお召し物のお姿で、上品に優美であったことばかりが思い出されたが、
 「髪の裾の美しさなどは、たっぷりと上品である。宮の御髪がたいそう素晴らしかったのにも劣らないようだ」
 と御覧になる。一方では、
 「この人をどのように扱ったらよいのだろう。今すぐに、重々しくあの自邸に迎え入れるのも、外聞がよくないだろう。そうかといって、大勢いる女房と同列にして、いい加減に暮らさせるのは望ましくないだろう。しばらくの間は、ここに隠しておこう」
 と思うのも、会わなかったら寂しくかわいそうに思われなさるので、並々ならず一日中お話なさる。故宮の御事もお話し出して、昔話を興趣深く情をこめて冗談もおっしゃるが、ただとても遠慮深そうにして、ひたすら恥ずかしがっているのを、物足りないとお思いになる。
 「間違っても、このように頼りないのはとてもよい。教えながら世話をしよう。田舎風のしゃれ気があって、品が悪く、軽はずみだったならば、身代わりにならなかったろうに」
 と思い直しなさる。

 [第九段 薫と浮舟、琴を調べて語らう]
 ここにあった琴や、箏の琴を召し出して、「このような事は、またいっそうできないだろう」と、残念なので、独りで調べて、
 「宮がお亡くなりになって以後、ここでこのような物に、実に久しく手を触れなかった」
 と、珍しく自分ながら思われて、たいそうやさしく弄びながら物思いに耽っていらっしゃると、月が出た。
 「宮のお琴の音色が、仰々しくはなくて、とても美しくしみじみとお弾きになったなあ」
 とお思い出しになって、  「昔、皆が生きていらっしゃった時に、ここで大きくおなりになったら、もう一段と感慨は深かったでしょうに。親王のご様子は、他人でさえ、しみじみと恋しく思い出され申します。どうして、そのような場所に、長年いられたのですか」
 とおっしゃると、とても恥ずかしくて、白い扇を弄びながら、添い臥していらっしゃる横顔は、とてもどこからどこまで色白で、優美な額髪の間などは、まことによく思い出されて感慨深い。それ以上に、「このような音楽の技芸もふさわしく教えたい」とお思いになって、
 「これは、少しお弾きになったことがありますか。ああ、吾が妻という和琴は、いくらなんでもお手を触れたことがありましょう」
 などとお尋ねになる。
 「その和歌でさえ、聞きつけずにいましたのに、まして、和琴などは」
 と言う。まったく見苦しく気がきかないようには見えない。ここに置いて、思い通りに通って来られないことをお思いになるのが、今からつらいのは、並一通りにはお思いでないのだろう。琴は押しやって、
 「楚王の台の上の夜の琴の声」
 と朗誦なさるのも、あの弓ばかりを引く所に住み馴れて、「とても素晴らしく、理想的である」と、侍従も聞いているのであった。一方では、扇の色も心を配らねばならない閨の故事を知らないので、一途にお誉め申し上げているのは、教養のないことである。「事もあろうに、変なことを、言ってそまったなあ」とお思いになる。
 尼君のもとから、果物を差し上げた。箱の蓋に、紅葉や、蔦などを折り敷いて、風流にとりまぜて、敷いてある紙に、不器用に書いてあるものが、明るい月の光にふと見えたので、目を止めなさっていると、果物を欲しがっているように見えた。
 「宿木は色が変わってしまった秋ですが
  昔が思い出される澄んだ月ですね」
 と古風に書いてあるのを、恥ずかしくもしみじみともお思いになって、
 「里の名もわたしも昔のままですが
  昔の人が面変わりしたかと思われる閨の月光です」
 特に返歌というわけではなくおっしゃったのを、侍従が伝えたとか。

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