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知命立命 心地よい風景

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『三国志演義』第七十四回 龐令明櫬を擡いて死戦を決し、関雲長水を放ちて七軍をオボらす

于禁の声に名乗りを上げたのは龐徳であった。龐徳は、家に戻ると酒宴を開き、
「魏王の恩顧にあずかり命を懸けてこのご恩に報いるつもりじゃ。関羽と打ち合ってそれがしが討ち取るか、それがしが死ぬかの2つじゃ。負けて生き恥をさらすつもりはない故、こうして柩を用意して、むなしく帰らぬ決意をいたした。」
さらに、妻の李氏と子のホウカイにも涙の別れを告げた。
そして、龐徳于禁の先鋒として樊城におもむいた。
龐徳は、関平と打ち合ったが30合いしても勝負がつかず、両者陣に引き返した。関平がこの事を話すと関羽は討って出て龐徳と百合い余り打ち合った。しかし、勝負がつかず両者陣に引き返した。
翌日も二人は打ち合ったが50合い余りしたとき、龐徳が逃げ出し、追った関羽は彼の矢に当たって左腕を負傷した。後を着いてきた関平に助けられて陣に戻ろうとすると、龐徳が馬を返して追いかけてきた。しかし、手柄を取られるのを恐れた于禁は銅鑼を鳴らして退却を命じた。さらに龐徳の部隊を谷の奥に配備して功名を上げる術すらなくした。

そして両軍にらみ合いが続き于禁は樊城の北に陣を移した。その間に関羽の傷は癒え、彼は于禁の陣が低地にあることを利用してを水没させようとした。
龐徳は、水攻めの危険があるのに于禁が兵を移さないので自分の手の者を率いて他に移そうとした。
その夜、突如水が襲ってきて魏軍は水に流された。そして、于禁は捕らえられ、龐徳も奮闘したが周倉に捕らえられた。
于禁は、平伏して
「命じられたのでやむなくしたものでございます。一命をお助けいただければ誓って恩報じいたしまする。」
と命ごいをしたので荊州の牢に押し込められた。龐徳は降参することなく自ら首を出して刑を受けた。関羽は彼を手厚く葬らせた。

曹仁は樊城が水攻めされたので退こうとするが、満寵に
「水は一時的なもの。しばらくすれば引きます。今ここを離れてはなりませぬ。」
と引き止められて死守を誓った。
関羽は水攻めに乗じて樊城を攻めたてたが、曹仁の矢を右腕に受けて倒れた。

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